LOOK ON BRIGHT

2018 - 02 - 04

「わくわくする責任」は果たしているか

Amazon Limited でなんとなーく読んでみた本に、いいこと書いてました。

 

結局この本は、例の「7つの習慣」的なアレ・・・・・・アレなんていうんだっけかなあ、詐欺じゃなくて、宗教じゃなくて、ええとええと、

あっ! そうだ、「自己啓発セミナー」だ!

「ソース」という名前の自己啓発セミナーに誘導するためのものなので、そんなに気合入れて読むほどのことでもないと思います。斜め読みでじゅうぶん。

 

でもすごくイイコト書いてたのでメモしとこう。

「ほんとうの責任とは、じぶんが心からしたいと思うことをすることである」

 

おとなになったら、よく言われるのですよね。

責任責任責任責任、責任感責任感責任感、責任問題責任問題。

では、このよくいわれる「責任」の、目的語はなにか。

「なにに対しての責任」なのか。

 

おおざっぱにいえば「社会に対する責任」のことを指すことが多いです。

でも現実的には、国家を背負うほどの首脳でもない限り、責任の対象は「カイシャ」であったり「カテイ」であったりという、あんがい狭い範囲のことが多い。

つまり、いずれにせよ、「自分以外の何者か」ということが「責任」ということばの目的語になっているのですね。

 

でもほんとうは、責任には2種類ある。

「自分自身への責任」と「他者への責任」。

どうやら現代では、後者のほうばっかりを凝視するちょっとアタマのあったかい神経症的欲求の強いひとが多いのかもしれません。

責任を果たすなら「他者への責任」だけではなく「自分自身への責任」も果たさなければ、片手落ちともいえる。無能ともいえる。

 

自分自身への責任には、健康であるとか、自己実現であるとか、そういうのもあるけれども、いっちばん大事な基礎を忘れがちでもありますね。

 

「わくわくする責任」

 

年を取れば取るほど、なぜか「わくわくする責任」の優先順位を下げていってしまう。

おそらくは、そんなことよりも社会的な責任を果たすほうが重要だと「勘違い」をしはじめてしまうからかもしれませんね。

社会的な責任なんて、よくよく考えたら「犯罪はしない」というだけで、80%以上はもう果たしている。

あとは「税金を払う」「ひとに迷惑をかけない」ぐらいで、ほぼ100%近くいきますから、あとはなんの責任を負う必要があるんだろう。

正直なところでいうと、「一生懸命仕事しないとクビになるかもしれない」みたいな、自分の人生が危うい立場になることを危惧してるだけだったりする。

つまりぜんぜん社会的責任とか、そんな格好のいいことじゃなくて、「自己の利益に関する妄想への畏怖」だけかもしんない。

あと、「じぶんがやっている仕事に過剰な付加価値を持っている」とか。

付加価値もまた、ただの錯覚だからなあ。

 

じぶんの仕事が好きで、わくわくして日々を過ごしていれば「社会的責任感」なんか特になくたって、いっぱい仕事しますよね。

「責任感」をガソリン代わりにして、面白くもない仕事を乗り越えるというのは、なんちゅうかどうも違和感を感じる。

この違和感の原因こそが「わくわくする責任を果たしていない」という、重要事項の欠落なのかもしれませんね。

 

なぜ「社会的責任」を重視して「自分自身への責任」をないがしろにするのか。

それはまずひとつには「盲信」でしょうね。

子供の頃から、親や学校の先生なんかに言われてきたし、社会人になってからもカイシャから言われる。

それを信じてしまった、というところにあるのかもしれません。

そしてもうひとつは、「ブレーキのかけすぎ」ですね。

オトナというものは、ブレーキがだいじなのだ。

そーゆー斬新な妄想が、「盲信」からうまれる。

 

コドモとオトナのちがいということに、神経質すぎるんであるね。

オッサンになってきてよくわかったんですけれども、人間て、年食ってもそんなに変わらないんですよね、本質的なところは。

中学生ぐらいから、核の部分はそんなに変わってない。

それにイヌやネコやサルやシカやイノシシを見てみろ。

生まれたての小さなコドモはべつにして、成体になってからは、若者も老体もたいしてかわらんよ。

かなりトシ食った動物でも、若者に負けんくらいよく動くし、よく食うし、走るし、めちゃめちゃ元気。

むしろ、動物は老体のほうが強いよ。

人間だけがトシ食ったからと言ってダメになるわけがないじゃん!

 

「トシ食ったらトシ相応であるべきである」の、「相応」の部分の定義に、不具合があるんだね。

本来よりもかなりひどく自在性や柔軟性を失ったガチガチの状態を、「オトナの正常状態」として妄想定義しているんだ。

オジイチャンの語尾は「~~~じゃ」でないといけない、みたい感じの。

そんなジジイ、広島以外にいねーよ。

ていうか、広島なら小学生でも「~~~じゃ」って言うよ。

「オトナはシッカリしていないといけない」っていうのは、妄想なんだ。

ちゃんとしていないといけないのは、年齢には関係がない。

ガキだからといって人を殺してはいかんのだ。

本質がシッカリしていないようなやつは、トシとったって本質はシッカリしねーよ。

「そーゆー設計」なんだから。

 

じぶんの中身をちゃんと見ず、ひとのいうことを鵜呑みにして、勝手に定義して、勝手にブレーキ踏んでるんですよね。

世話はないよね。

オトナはおとなしく——なんて定義をするから、よけいに運動不足になるんじゃないのかな。

いいじゃん、オッサンでもアホな顔して滑り台とかブランコとか鉄棒で遊べば?

あんがい楽しいよ。

バーとかであたまの悪い女のタワゴトを聞くよりもしあわせだよ。

ちなみに、中国の朝の公園ではオトナや老人たちが遊具を独占して暴れたり走り回ったりしてます。

アレみてたら、マジ日本はそのうち完全に中国に食われると思った。

自己規制がつよすぎて、ニッポンのオトナはもうイノチがケガれてしまったんだ。

 

じぶんでじぶんを勝手に定義してんじゃねえよなあ。

自力ではあしたの天気すらろくすっぽわからんくせに、いったいなんなんだ。

長者番付にも載ってないくせに上品ぶってたらバカみたいだぞ。

金持ちよりも元気なやつのほうが、1000倍エラいんだから。

 

オトナなら責任を果たせ、そういうのなら、果たさんといかんですね。

「わくわくする責任」を。

わくわくするのには、カネも地位もいらない、ブレーキをゆるめるだけなんだ。

おとなたちが元気なら、こどもたちも元気になる。

 

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