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気合は入れたら、抜きましょう

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まーた風邪ひいた。

この冬、何回目だろう。

なんか若干ハナゴエで、微熱が出て、節々が痛い。とくにクビとコシが痛い。

んもう、土日になったらすぐ風邪引くんだからぁ~、んもう、だらしないのっ!

んもうっ、情けないのっ!

 

なーんて思っていましたが、じつはそうでもないらしい。

風邪を引きやすいというと、体力が低下しているとか、免疫力が落ちているとか、そんなことを考えがちです。

でも実情は「逆」らしい。

風邪をよく引くということは、むしろ免疫力が高くなっている、ということなんだそうだ。

 

風邪の症状は「治そうとしている」ことのあらわれなんだそうです。

なにかのバイキンと戦っているのか、疲労物質を除去しようとしているのか、壊れたところを修復しようとしているのか、そのどれかはわからないけれども、とにかく何かを治そうとしている。

むしろ免疫力は低いほうが、風邪の症状は出ないらしい。

免疫力が低いと、バイキンが入ってこようがどこかが壊れようが「治そうとしない」から。

老人が意外と風邪を引かないのは、そういうこともあるらしい。

 

「風邪は気合で治る」

というのは、まさにこのことなのですね。

気合を入れるということは「交感神経を優位にする」ということです。

緊張し、焦り、危機感を感じ、恐怖を感じると、風邪なんかはいっぱつで治る。

交感神経というのは闘争用・逃走用の神経だから、それが優位になると「修理なんかしてる場合じゃない」ということになるのでありますね。

戦ったり遁走したりするという一種のパニック状態だから、修理なんかはいったん後回しにして、とりあえずは目の前の問題を危急的速やかに解決することを優先するのです。

 

だから厳密に言えば「気合を入れたら風邪は治る」というのはウソだ。

「治ったように見えているだけ」「問題の先送りをしているだけ」に過ぎないのですよね。

ある意味、いのちの前借りをしているともいえる。

人間たらいうものは、結局は物質的な存在だから、生きていれば必ずあちこち壊れる。

その壊れた箇所を修復せず、ばかみたいに戦ってばかりいれば、そりゃあ見た目は元気にみえる。

「緊急事態宣言」を出しているわけですから。

気合なんて言うものは、実際は問題の先送りをしているだけだから、限界がきたときには風邪なんていう可愛らしい病気ではなく、モノホンのこわい病気やケガになってしまう。

気合を入れるということは、ほんとうは免疫力を低下させて、病気になりやすいカラダを作ろうとしていることとおんなじことなんですね。

 

休みになると、風邪をひいてしまう。

それは体力の低下とか免疫力の低下というよりは「平日に緊張しすぎている」というだけなのかもしれませんね。

いわば「気合の無駄遣い」だ。

ほんとうはとても疲れているのに、無理して頑張っちゃってるんである。

本来は動けないものを、無理してひっぱたいて動かしているもんだから、休みになったとたんに「いま直さねば!」と、カラダちゃんが頑張ってくれているのです。

だから、風邪を引きやすいということでヘンなものを食ったり飲んだり、ヨガみたいなことをするまえに、やることがある。

「まずはしっかり、疲れを癒やしなさい」

 

ほんとうは、なにが起こっているのか。

これを見極めることこそが、なにごとにおいても重要ですよね。

「気合を入れろ」「気合が大事だ」「何事も気合だ気合だ」

そーゆーのははっきりいって、残念ながら「目先のことばかりで大局を見ていない」「大義を見失っている」ということなのです。

気合をつかえば目先の勝負には勝てるかもしれないが、ホリスティックな戦いでは負けてしまう。

気合を入れるなんて、小物がやることなんである。

だからもし上司とかで「風邪をひいた? 気合が足らん!」なんていうやつがいたら、こころのなかでこう思えばいい。

「コイツえらそうだけど、ほんとうは小人物なんだな。大局が見えないんだな。くだらねぇやつだ」

 

休日に風邪をひくのは、免疫力が高い証拠。

しかし、これで喜んでるばあいではない。

それでは「気合原理主義」の小人物とおなじく、目先のことしか見ていないことになる。

 

「直さないといけないところがある」ということこそが、最大の問題点なのですよね。

熱を出したり、痛みが出たり、そういう修復モードを利用しないとまずいところがある、ということです。

だから反省すべきところが、きっとある。

 

ふだんから、何かムリをしているにちがいないのです。

日本では古来より、ムリして頑張っている人を美徳で飾るところがあるけれども、ほんとうはそうではない。

「無理をする者は愚鈍である」

これこそが、真実なのですよね。

本来は手順が10あるところを、5つの手順で済ますほうが優秀です。

それを20手30手かけて疲弊するのは、愚鈍な者がやることだ。

アルゴリズムに欠陥があるからこそ、からだやこころにムリがかかる。

ムリをしているということは、きっとどこかに「無駄な手順」が混入しているはずなんですよね。

ムリをして頑張ることを美徳とする人こそが、だいたい「気合」や「根性」を大切にする。

そんな愚者どもと、共倒れをする義理なんかは一切ないのだ。

風邪は生活の問題点を教えてくれる大切なアラートなんですね。

 

「リラックスする時間」を、まるで仕事のアポを入れるように、大きなカタマリとして先にスケジュールしてしまおう。

「休むのは後」とか「大事なのは仕事」とかいうふうに考えて、仕事で先にスケジュールを埋めてしまうことこそが「愚鈍」の証しなのですよね。

休みは、聖域である。

それぐらいの価値観を持って、1日のなかに、1週間のなかに、1ヶ月のなかに、1年のなかに先に「聖域」を設定することにしよう。

じぶんが思っている量の、2倍の量を、設定しよう。

気合は「毒」だから、一旦入れたらすぐに抜かないといけないんだ。

 

そんなことをしたら、仕事がはかどならい、収入が減る・・・・・・

もしそれが本当なら、アルゴリズムが間違えているんですよね。

ムリをしないと稼げないような愚鈍な者なら、早晩人工知能に全部奪われてしまうから、いまのうちに全部やめて別の道を模索したほうがいいのかもしれない。

・・・・・・ぐらいマジなことだと思って、休みを確実に確保しようと思います。

 

週末に風邪をすぐ引いてしまうのが情けない、というのは正しい。

でも「体力がないこと」「根性がないこと」「トシを食ったこと」が、情けないのではない。

愚鈍であるということが、情けないのだ。

 

 

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