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運動なら、なんでもよかったんだね

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ぼくにはどうも「一神教的性分」のようなものがあるようで、「この方法でなくてはならーん!!」みたいなふうに考えがちです。

前世はカトリックかなにかだったのでしょうか。

 

自律神経を安定させるための方法として、ずいぶん前には

「ヨガこそ最上なーのだっ」

などと思い込んでいました。

しかしその後

「ウォーキングこそ最強であーるっ」

と変化していき、つい数ヶ月前には

「ジョギングこそが最大のソリューションなのだ、そうなのだーっ」

などと叫んでおりました。

 

さて、最近は自転車で走っています。

そこで気がついたのですが、自転車で走り回るのは、ジョギングをするのと効果的にはほとんど同じである、ということです。

ただ、ジョギングよりはやや効果がマイルドかな? というのはありますが。

ぼくが住んでいる地域は神戸の山の手で、まあほんとに、冗談みたいに坂ばっかり。

平地に降りていって5kmほど自転車を乗り回して帰ってくると、帰りは「激坂」の連続でして、それはもう脚がヘロッヘロになり、ゼイゼイイはあはあ、息が上がりまくります。

この部分だけは、ジョギングよりも数倍シンドイです。

しかしそうやってゼイゼイイはあはあいうと、ジョギングと同じ効果を体験できるのでした。

 

ということは、ですな。

「イキが上がる」

「汗をかく」

という運動であれば、もうべつにもうなんだっていい、という可能性が出てきました。

 

ヨガや瞑想では、なんかこのー、なんちゅーかこのー、あのうーそのうー、効果がないのであります。

ちーとも治らんのです。

ウォーキングは多少効果があるのですが、いくら続けたって「しないよりはしたほうがマシ」程度までで、ジョギングなどのように気分が高揚したり、明るい気分になったり、気力が充実したり、やる気がわいてきうたり、よく眠れるようになったり、肩こりや眼精疲労がマシになったり、外出恐怖が治ったりという、劇的な変化は見込めません。

ヨガ、瞑想、太極拳、そういったものに至っては、効果がいまいちどころか、あんまり意味ない。

いっぽう筋トレ、ジョギング、自転車のヒルクライム、そういったものだと、突如俄然、明確な効果が現れるのでした。

 

要するに、運動不足だったんだと思うのですよね。

もしくは、若い頃に結構高い強度の運動をしていたので、そーゆー体質になっているのかもしれません。

そこそこシンドクないと、なんかこう、スカっとせんぞ! みたいな。

床でゴロゴロしたり座ったりしてスジ伸ばしたり、すはー、むはーとイキしてみたり、ぬるぬるゆっくり動くというのでは、もうほとんど何もしていないのと同じになってしまうのです。

強度が足りなかったんだ。

 

「イキが上がって、そこそこシンドイ運動」

そんなもの、ナンボでも、あるのでありますよね。

ジョギングでも、水泳でも、競歩でも、ダッシュでも、山登りでも、自転車でも、バドミントンでも、柔道でも、空手でも、サッカーでも、野球でも、ビーチバレーでも、卓球でも、もう、なんでもいいのかもしれん。

スポーツと言われるもの、あるいはそれに類するものであれば、どんなものだって効果があるのかもしれん。

 

……そう考えたら、突如として安心感が生まれるのですよね。

「スポーツなら、何をしたって効果がある」

ぼくが今まで陥っていた「この方法でなくてはならない」そんな一神教的幻想から、一気に脱出できるのです。

ウォーキングじゃなきゃ、ヨガじゃなきゃ、ジョギングじゃなきゃ……そういうのはもう、いらないのです。

 

ぼくはそもそも、自由だった!

 

とさえ、思えてくるのですね。

 

まあ、考えてみれば、当たり前なのです。

からだを動かし、多少息を上げる運動は、心身に良いに決まっています。

神経症にだって、良いに決まっているのです。

 

「○○でなければならない」

「▲▲には危険な側面や、良くない側面があるが、○○なら安全だ」

 

そういうふうに考えていたことじたいが、すでに「症状」だったんだと思います。

「完璧なものを探し求める病」

精神が硬直してしまって、視野が狭くなってしまっていたのです。

どんな運動だって「やりすぎなければ良い」だけの話だというのに、その運動の「わるい面」ばかりを集中して見て、それを理由に敬遠してしまう。

「わるい面注視病」みたいなものですね。

 

無理さえしなければ、どんな運動にだってほぼ同じような効果がある。

ということは「すきなもの、やりたいもの、興味があるもの、向いているもの」をやれば、それでいい。

なんと、自由なことでしょう!

こんなに自由な世界なのに「これじゃなきゃダメ」というのは、自縄自縛というものです。

 

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  • くま より:

    ジョギング、サイクリングと有酸素運動を習慣的におこなうようになってまもなく一年になりますが、初期の故障を除けば最も影響を受けたのは気候の変化(特に暑さ)でした。
    夏は水泳、冬はジョギング、春秋はサイクリングをメインにして、季節に応じてローテーションできるといいかな、と思っています。トライアスロンってハードなイメージが強いですが、意外と身体に優しいスポーツなのかも(笑)
    ちなみにサイクリング100kmがジョギング15km程度に相当するとどこかで読んだ覚えがあります。競技目的ではないので種目が変わっても運動強度が換算できればOKですね。
    いつかは淀川サイクリングロードも走ってみたいです(^^)

    • TERA TERA より:

      コメントありがとうございます!
      そうなんです、「暑さ」だけはどうも、ぼくもダメです。
      シンドイとかダルいとかそんな甘っちょろい話じゃなくて、あたまとか神経とかがおかしくなるんですよね。
      なので夏場は結局なんにもできませんでした。
      しかしなるほど、夏に水泳、春秋と冬はジョギングや自転車という「年間俯瞰のトライアスロン」っていうの、なかなかいいかもしれませんね。
      とにかく何らかの運動さえしておけばいいんだ、と思えば、いろんな方法があるので気分的に楽になりましたよ。

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