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娘を正しくあきらめるということ

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あるべき悩みは、逃げずにしっかり悩め。

 

どーも最近イライラするなあと思ったら、原因のひとつは寝不足でした。

娘がバイトをするようになって、夜の11時、12時に帰ってくるものだから、普段10時には眠ってしまっているぼくは物音で目が覚めてしまう。

ドアを開け締めする音、階段をのぼる足音、ドライヤーの音など。

寝入りばなに起こされると寝付きがわるくなって、そのあとの睡眠がどうも浅くなるみたい。

 

ひとつには睡眠不足だったけど、原因は、じつはもうひとつあります。

むしろこっちのほうが、メインかもしれない。

「娘が帰宅時間を連絡してこない」

ようするに、心配なのです。

まだ未成年で、親の欲目かもしれないけれどけっこう可愛し、夜遅くにウロウロするのは危ないのではないか。

もし、へんなヤツに連れ去られでもしたらどうしようか。

そんな、まず起きもしないような妄想で心配したりもします。

で、そういった心配をするからこそ、些細な物音で目が覚めたりしてしまうわけで、寝不足の要因になっています。

寝不足になるとイライラして神経過敏になり、心配性になるから、まさに悪循環です。

 

イライラしてくると、人間というのはほんとにまったく下らないシステムを持っていて、メタ情報にまでムカつきはじめる。

連絡をしてこないということは、そのことによって「相手がどう感じるか」ということを予見できないのではないか。

類推能力に欠けているのではないか。

じぶんのことしか見えない、自己中心的性格なのではないか。

すなわち、あいつは、とてつもないバカなのではないか。

娘がバイトをするようになるまでは、娘のことをとても賢いなあ、この歳でいろいろと気が回るなんて大したものだ、俺の若い頃よりも3倍はよくできているな、なんて、親ばかフル回転で感心していたというのに、そんなふうなことも考えるようになってしまうのです。

将来的にコイツはぼくが最も大嫌いな部類の人間になってしまうのではないか。

そんな妄想まで出てきます。

 

世の中には「連絡をしない」種類のひとがいます。

それが、たとえ仕事であってもです。

納期に間に合わなくなり、最後の最後になってようやく「できませんでした」とか言うのがいる。

もう1ヶ月はやく「できないかもしれません」という打診があれば、なんらかの手が打てて、事故にもならなかったのに、それを平気で無視するひとがいる。

若い人に多い。

愛想はいいくせに愛はなく、都合がわるくなるとヌルリと逃げて、連絡すらよこさず突如音信不通になる。

自己中心的で、身勝手で、無責任で、愛のない、独りよがりで、類推能力が欠如している部類の人間たちのせいで、じつはぼくも何度か損害を受けたことがあります。

突如、音信不通になる人。

どのような理由があろうとも、仮にそれがメンタルが理由であったとしても、ぼくはこのような人種をまったく許せない。

ぼくだって、パニック障害で神経はめちゃくちゃなんだ。

でも、連絡だけは、それだけは、「迷惑をかけるかもしれない」と思ったときは、どのようなことがあっても、とにかく連絡だけはする。

 

心配し、神経過敏になり、寝不足になると、娘について

「あいつも、あんな人間になってしまうのではないか」

ふと、そんなことすら考えてしまいます。

「連絡という最も安易にして、本質的な解決方法」すらできないということは、音信不通人種の素養を持っているのではないか。

本質的に受け入れられないタイプの人間だったのではないか、と疑ってしまうのです。

 

……ま、妄想ですわなあ。

たしかに娘も大学生になってウカれてしまい、思わず油断して自己中心的になってしまった、それはちょっとはあるかもしれません。

それに大学生になり、ぼくの家に住むようになり、慣れない環境、はじめての体験が目白押しで、ややパニック(病気ではない方の)に陥っている可能性だってあります。

いずれにせよ、少なくとも「あいつら」とは、何もかもが、違う。

ぼくなんかより数段しっかしりているところもあるのだから、むしろ逆に、あいつらみたいになってしまうほうが難しいぐらいなのです。

……わかっているけど、イライラする。

そしてイライラして、非常に強い語気で叱りつけてしまい、泣かせてしまって「しまった」と思ったりする。

そしてそのことについて、悩んでしまったりする。

 

ぼくは病気のせいで離婚して、娘とは5歳のころからずっと別居をしていました。

ただ毎月1回必ず会いにきて泊まっていってくれていたので、疎遠ということではありませんでした。

このたび大学に進学するにあたり、我が家のほうが大学に近いため、うちに住むようになった。

だからつまり、ぼくはある意味「いまはじめて父親をしている」ともいえます。

今までは会っている時間も少なく、一緒に住まず月に1回しか会っていなかったので、娘の「かわいい面」しか見ていなかったのです。

なので、ちょっと語弊はあるかもしれませんが、今までは「わが娘」というよりは「彼女」みたいなニュアンスに近かったのだと思います。

かわいいかわいい、いい子いい子で、なんとかなっていた。

 

いまぼくは、そこそこ悩んでいます。

そもそもちょっと自律神経が不安定なこともあって、よけいにつらいところもあります。

でも、気がついた。

これは「あるべき悩みだ」。

 

ぼくはいま「生物学上の父」から「本物の父」になろうとしているのかもしれません。

イライラして、怒ってしまうのも、ほんとうは娘のことが大好きだからだ。

嫌いなら、そもそも怒らなくていい。

心配さえしなくていいのだから。

帰ってこなければ、むしろセイセイするぜぐらいに思えるかもしれない。

でも、それはできない。

「叱る」という方法を使ってでさえ、ぼくは娘とコミュニケーションを取りたがっているのだと思うのです。

 

だから、悩む。

自分のこころのコントロールができず、思わず語気を荒げてしまい、それを後悔したりする。

自分自身の気持ちをコントロールする方法はないかと考えたりする。

あるいは、娘の行動を改善する方法はないかと考えたりもする。

しかし娘の行動を改善する、などとえらそうなことを言えるほど、ぼく自身はちゃんとできているだろうか。

理由がパニック障害だったとはいえ、離婚をして娘に寂しい思いや、つらい思いをさせた負い目だってある。

しかし叱っておかないとまずいような気もするのも確かで、迷惑をかけたからといって甘やかして良い、ということでもないだろう。

しかし一方で、人生でもっとも楽しいであろう大学生活を、いちいちルールなんかで縛り付けるのは、かえって良くないとも思う。

ああ、ああ、もう、どーすればいーんだーっ!

 

そうなのです。

これは「あるべき悩み」なんですよね。

あるべき悩みは、悩むに越したことはありません。

そして、あるべき悩みには、答えはない。

答えがないから、悩むのですもの。

だから誤魔化したり、改善したり、考え直したり、逃げたりせず、マンキンで、正面衝突して悩め。

いっしょうけんめいに、悩め。

「あるべき悩み」は、悩むことそれ自体に、意義がある。

 

悩んで、思った。

「娘を正しくあきらめよう」

と。

娘は、いつまでも子どもではありません。

日進月歩で成長していっています。

ぼくの予測と異なる行動をするということは、娘が成長している証でもある。

彼女はもうぼくの眷属なんかではなく、一個の独立した個性になりつつあるということに、気がつこう。

 

世の中の親御さんたちは、娘や息子が中学生や高校生になるあたりで、こういったことに気がつくのでしょう。

しかしぼくは娘と一緒に暮らしていた期間が短かったから、同居するようになったいま「娘を持つおやじの気持ち」を、遅ればせながら経験しているのだと思います。

ということは、こうやってグズグズ悩んでいるということは、ある意味「とても正常」なのだと思います。

もしこういった機会がなければ、もしかするとぼくは一生「娘を持つおやじの気持ち」をきちんと味わえなかったかもしれない。

娘はいるのに、娘を持つ親父の気持ちを知らずに、可愛い可愛いだけで、死んでいったかもしれません。

そういう意味で、いまこうして娘が同居してくれていることには、感謝すべきなのでしょう。

こうして悩むからこそ、親としての経験が、多少はできているということなのですから。

 

喧嘩や言い合いだって、りっぱなコミュニケーションのひとつなのだそうです。

そういうのが一切ない、仲良しこよしだけの関係では、家族とはいえない。

喧嘩のない、笑顔だけの、理想的に見える家族は、かえって関係性が浅すぎるのかもしれません。

文句や違和感、不満、時には敵意さえも持ち続けて、でもそいうのはいつしか「時間」が解決してゆく。

方法論で解決したのではなく、時間が解決したときにはじめて、人間同士の関係性はもっと深くなりうる。

そういえば、恋愛だって、そんな感じですものね。

なのでいまは、しっかり悩むのが仕事と思って、よけいなことはしないでおこう。

愛さえあれば、だいじょうぶ。

たぶん。知らんけど。

 

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  • ぽぽんた より:

    てらちゃん あのね。
    なんとなく
    「娘を正しくあきらめるということ」って
    検索 したらば
    この 記事 のほかに
    もういっこ あった の。

    たぶん。
    いってる こと
    てらちゃん と おなじ だあ。

    なんとなく。よかったら。読んでみて。って˘ ˘*ゝ
    https://note.mu/sign3121/n/ne1ffad5f9f16

  • TERA TERA より:

    うわっ! ほんとだ!
    それに「西の魔女が死んだ」は、ぼくも大好きな映画なんですよ。
    あれ? この人もしかして、ぼくなのかな?
    なんつって、でも似たようなことを考えているお父さんがほかにもいて、なんか安心というか、うれしいです。
    いい情報ありがとうございます。

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