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そうじ体力こそが、本物の体力かもしれない

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最近は歩いたり走ったり自転車に乗ったりして、まぁまぁ体力がついてきたな、と思っていたのです。

でも、なんか違うみたい。

「運動やスポーツで培った体力」と、「そうじ体力」は、全然別物みたいなのです。

 

ここ1週間ほどは「季節外れの大掃除」の様相を呈していて、思い当たるところを全部ゾーキンで拭きまわっています。

昔は柔道をしていましたし、ここ1ヶ月ほどはけっこう運動をしているので、

「たかが掃除じゃねえか」

的なアレがありました。

掃除なんか主婦でもやってるんだから、そんなにシンドクねーわ。

なーんて。

 

申し訳ございません!

ぼくは、なにか勘違いをしていたようです。

 

「そうじ体力」というものが、きっと存在しているのです。

この体力は、ジョギング、ウォーキング、サイクリング、スイミング、武道といったスポーツ的運動とは、一線を画しています。

とにかく「疲れ方がヒドイ」のです。

スポーツ系の運動は、やりすぎたところでせいぜい筋肉痛になるぐらいです。

しかし大掃除のほうは、筋肉痛にはなったりしません。

しかしそのかわり、まさに「どっと」疲れる。

 

一説によると、一般的な広さの家を徹底的に大掃除した場合の消費エネルギーは「フルマラソンと同等」なのだそうです。

夏前ダイエット 家中の大掃除はフルマラソン以上のカロリーを消費できる!!

 

大掃除がフルマラソンと同等。

じぶんで体験するまでは「んなアホな。大げさな」などと思っていました。

しかし、本気のパッチのマジモードで大掃除をしてみて、身をもってわかりましたよ。

フルマラソンと同等……これは、たしかにありうる。

疲れ方が、尋常ではないのですもの。

「芯からくる疲れ」「ぶっ倒れそうな疲れ」とでも、いいましょうか。

普段、昼寝なんか一切しないぼくが、大掃除をした日はつい昼寝をしてしまうぐらい。

そして、うっかり1時間以上も眠ってしまうぐらい。

そして、夜もグッスリ眠れてしまうぐらい。

 

また掃除を毎日することによって、脳の「前頭葉」が鍛えられるのだそうです。

集中力、観察力、忍耐力が身につくそうで、学生などの素行が改善していくこともあるようです。

https://www.mag2.com/p/news/243074

 

禅では「一に読経、二に掃除、三に座禅」と言います。

ぼくたちが一般的に想像する「禅」である「座禅」は、じつは優先順位がいちばん低い。

掃除や信仰のほうが、上位に位置づけられているのです。

これはぼく自身の体験ですが、運動をろくすっぽせず、からだを鍛えないままに瞑想を始めると、精神や思考がおかしくなります。

考えることがどんどんおかしくなって、オカルティズムやスピリチュアリズムに傾倒し、へんな妄想がひどくなります。

このブログでスピ方面に偏った投稿が多かったころ、ぼくはヨガや瞑想にハマっていました。

今読み返してみると、我ながら、ほんとうにおかしいと思う。

「狂っている」といっても、過言ではありません。

思うに、やはり瞑想や座禅といった高度な精神的・神経的メソッドを行う前には、まず筋骨を強くしておかないとバランスを崩して、エラいことになるのだと思います。

 

さて思うに、昔のお坊さんたちが非常に強靭で長生きなひとが多かったことについて、ふと思うのです。

禅に限らず仏教というのは、掃除に大変厳しいです。

仏教国であるタイやミャンマーなどでも掃除を重視するのだそうです。

日本人が清潔好きになったのは、この仏教の影響は無視できないでしょう。

仏教には魅力がたくさんありますが、じつはその教義や哲学性、文学性などよりも「掃除に厳しい」というのが仏教の一番いいところなのでは、と思ったりします。

 

お寺というのは普通の家より大きいですから、そこを毎日掃除しまくるというのは、いくら人数がいたとしても相当の体力が必要だったのではないでしょうか。

今のように、掃除機なんかがあるわけではないのです。

すべて手動で機械なし、ホウキやハタキやゾーキンという原始的な道具だけで、あの大伽藍を掃除していた。

考えてみれば当たり前だけど、お経を読んだり、座って瞑想をしたり、火を燃やして呪文を唱えるようなことだけで、人間がそんなに強くなるわけがありません。

お坊さんたちの強靭な体力と精神力は、じつは「掃除」によって鍛えられていたのではないか、と思ったりします。

座禅に懐疑的な人は「座禅は怠惰だ」とか言ったりするひとがいます。

しかしそういう人だって、あの大きなお寺を人力で、それも毎日「大清掃」をしていた、ということを聞けば、少なくとも「怠惰だ」とは言えないのではないでしょうか。

 

昔の人は元気だった、と言うこともあります。

今のように便利な機械や下水道がないから、日常生活でカラダが鍛えられていたんだ、という説が一般的です。

電車や自動車がなかったから、今のひとよりもたくさん歩いていたからだ、という説もあります。

それも確かにそうなのでしょうが、じつは「掃除」もまた理由のひとつだったのではないのかな、と思います。

 

たくさん歩くことが健康に良いことは否定しませんが、でももう、はっきり言っちゃう。

「掃除のほうが、クソしんどいっすわ」

わりと足腰の強さには定評があり、また自信もあったのに、本気モードで大掃除をしたあとには「ヒザからガクっと倒れ落ちそうになる」「腰が立たなくなる」ことがあります。

なにかの病気かな、と思うぐらい。

 

スポーツの体力と、掃除の体力は、全然別物です。

そしてぼくは、確信する。

「そうじ体力こそ、本物の体力だ。」

生命力とか、生きる力とか、そういうチカラ。

掃除をしなくなったら、あるいはできなくなったら、もう終わりなのかもしれないですね。

 

むかし通っていたあのヨガ教室に行って、ぼくは生徒さんたちに叫びたいです。

「そんなことやっとらんと、いますぐ帰って家を大掃除しろ! そして毎日、拭き掃除をしろ!」

なーにがチャクラじゃ、エネルギーじゃ、マントラじゃ。

夢想に浸るのもええかげんにせいっ!

 

なーんつってね。

ほんとうにそんなことしたら「営業妨害」ですからね、絶対やりませんが(あたりまえだ)。

なので、このブログで書くようにしています。

外出が苦手なひとにも、おすすめですね。

無理して出なくても、いいのですよ。

家の中を掃除しまくれば、歩くことのたぶん100倍は、体力がつきます。

そして前頭葉も強くなるから、そのうち「勇気」も湧いてくるかもしれません。

 

 

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