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「科学的そうじ力」を身につけよう

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最近掃除にハマっておりまして、とにかく家の中を掃除しまくっております。

聞くところによると、掃除をすると「好転反応」というのがあり、一時的に運が悪くなったり、トラブルに見舞われたりというようなことがあるそうです。

それを経過すると、ぐっと運気が上がっていく、といような話も。

まあ正直申し上げまして、ぼくはその手のスピ系ナニガシは「断捨離」しましたので、気にしないことにしております。

 

ただ思いっきり掃除をするようになって、変わったことがあります。

「仕事がヒマになった」

やばいよねえ。

なんか仕事のスケジュールが、どんどん後ろにズレていっているのです。

もちろん、ぼくがそうしているのではなく、不可抗力です。

仕事の発注が減ったということではないので、深刻な問題ではありませんが、スケジュールがずれるということは納期がずれるということでもあり、結果請求も減る。

やばいよねえ。

時間が空いたのだから、別の仕事をプロットして……といきたいところなのですが、どれも今行えるものでもありません。

どうしても「ぽっかり空いてしまう」のでした。

スピ系の好転反応なんか信じないけど、こう思うことにした。

「いまのうちに、休め。」

と神様が言ってる、というふうに。

実際しばらく多忙で疲労が溜まっていて、そのせいで自律神経がおかしいところもあったのです。

仕事がヒマになったからといって、慌てて焦るのではなく、いまのうちにしっかり休息をとって、英気を養うようにしておこうと思います。

こういうところだけは、スピ系に乗っかっておこう。

 

さて、掃除をいっぱいするようになってから、思うようになりました。

ぼくがいままで毛嫌いしていた「風水」というのにも、やはり根拠があるのではないか。

それも「科学的根拠」が。

もちろん、風水には愚にもつかないむちゃくちゃな理論もあります。

でも掃除に関して言うと、とても合理的かつ科学的だなあと思います。

 

風水では「気の流れ」というようなことをよく言います。

これを良くしたり、滞留しないようにすることで運気が上がる、など。

こういった「気」や「運気」といった、言語で説明不能な「概念」のようなものを、文章で無理やり説明しようとすることから、どんどんオカルティックになっていると思います。

ネットで流通している風水のたぐいは、もう一切無視したほうがいいとぼくは考えています。

 

「気」というものを、ふつうに「空気」と考えれば、ものすごく科学的になります。

たとえば、風水では「梁(はり)の下に枕を置いて眠ってはならない」というタブーがあります。

この説明について、「いわゆる風水」では、「殺気がある」などという、あほみたいな説明をします。

そうではない。

これは、空気の循環の特性上、梁やエアコンの下というのはとても不衛生になるということだと思います。

人が動くと空気が動いて、当然ホコリも舞いあがります。

空気は床や壁などに沿って動くので、「梁の下」は、循環の「最終帰結点」になりがちなのです。

つまり、梁の下には、ゴミやホコリが溜まりやすい。

これは、じっさいに掃除をしてみればわかる。ほんとうに、エアコンのように部分的に突出した箇所の真下は、ホコリが異様に多いのです。

とくに自分から風を出すエアコンだとこの原理が顕著で、冷房だろうが暖房だろうが「エアコンの真下」に空気循環が帰結し、そこにホコリがたまりやすくなる。

ホコリがたまりやすい場所に、アタマを置いて寝たら、どうなるか。

そりゃあ、病気しますわなあ。

こういった科学的に至極当然なことを、世の「なんちゃって風水師」どもは、宗教まがいの不可思議エネルギーのようなものを持ち出して、むちゃくちゃを言うのです。

 

ベッドは壁にくっつけないほうがいい。

これも「いわゆる風水」では、「気がどうのこうの」と言う。

そうじゃないと思う。

さきほどの空気循環の特性上、ゴミやホコリは、「部屋の隅」に固まっていくのです。

部屋の中央部には、ホコリはあまりたまらないのです。

直方体の構造体の場合は、どうしてもそうなる。

梁の下、壁と床の接合部、部屋の四隅、そういったところにホコリはどんどん集約していくようになっているのです。

そこで、そんな「ホコリの多い隅のほう」寝たら、どうなるか。

そりゃあ、具合わるいですわなあ。

それなのに「婚期を逃す」だの「孤独を招く」だの、ちょっとそれは、いけませんなあ。

ちなみに「ベッドの頭は壁につける」は、これは「心理的効果」だと思います。

人間は、アタマが守られているような配置で安心をするからでしょう。

 

そこで、気がついたのです。

「科学的な掃除方法があるのではないか」

空気の滞留や循環特性を鑑みて、合理的に掃除をする方法が。

 

「一休さんの掃除方法」じつは、これがものすごく科学的なのではないか、と思ったのです。

長い廊下の雑巾がけで、片方から片方まで、四つん這いのままターーーと走るように雑巾をかけていく。

 

一方向にサーーーとやっていくと、汚れや細菌は、その終点だけに集まります。

そして最後にその終点をしっかり拭き取れば、ものすごく清潔になる。

車のワイパーのように左右にゴシゴシしせず、一方向だけにかけていくのです。

「ゴシゴシ往復する」と、床についた細菌などを、逆に「なじませている」ことになる可能性があります。

ぞうきんで拭いたって、ぞうきん自体に殺菌効果はありませんので、右に行って左に帰ってきたら、「よごれを床になすりこんでいる」ことになる。

もしくは、「ただ少し湿らせただけ」みたいな。

意味がないんだ。疫学的には。

 

そして、床を拭く、というと、どうしても目立つ部屋の中央部を重点的にやりがちです。

これも、意味がない。

ホコリは「隅に貯まる」特性があるので、隅っここそ、重点的にやるべきだと思います。

ていうか、隅っこさえしっかりやっておけば、中央部はまあ、大して問題ではないかもしれません。

歩いたりしているうちに、勝手に隅の方へホコリは流れていくから。

 

掃除機の問題。

掃除機は便利なようだけれども、じつは思ったほど効果がないかも。

掃除機をかけるとケツからブワーと排気が出るわけで、「せっかく落ち着いていた」ホコリくんたちが、いっせいにブワーと舞い上がる。

なにやってんの?

そうではなく、静かにホウキなんかで先にホコリをそっと集めておいて、最後に掃除機で吸い取るほうが、合理的だし、省エネだと思います。

ガーラガーラ掃除機を引っ張りまわし、吸い取り口を家具なんかにバコバコぶつけながら、ブワーとケツから盛大にホコリを巻き上げ、でかい音ばっかりさせて、

「あー、スッキリした」

うそつけ!

飛んでるぞ! ホコリとバイキン! おまえの、あたまの上に!

 

濡れゾーキンで拭きまわらなくても、いいかも。

よく考えてみれば、ホコリそのものには、それほど害はないわけです。

ホコリというのは、家の場合はほとんど、衣服や布団の繊維です。

もともと身につけていたものなのだから、そもそもは、汚くない。

問題なのは「寝かせたホコリ」なのですよね。

ホコリや髪の毛、人間の皮膚が部屋の隅に溜まり、湿気や油を吸着し、そこでダニや細菌が蝟集し、繁殖しはじめる。

この「寝かせたホコリ」が、ヤバいわけですよ。アレルゲンになる。

だからわざわざ「濡らさなくても」いいんではないか?

もちろんたまにはそうしてもいいけれど「毎日」やってしまったら、逆にダニや細菌に「水分補給をしてあげている」という親切行動になるかもしれない。

そんなことよりも、まず一回しっかりと掃除をしたら、あとは日常的には「乾拭き」のほうが、いいのではないかなあ。

 

みたいな。

そういうことを考えるとですね、1回ガッツリと掃除をしたら、そのあとは意外と手間がかからないことに気がついたのです。

朝起きたら、空気が動き出す前に、そーっと部屋の隅のホコリを集めて捨てる。

それから窓をあけて、ハタキをてきとうにかける。

「ハタキのほうが先なんじゃないの」と思うけど、そうでもないはずだ。

朝せっかくホコリちゃんが床に停滞してくれているのに、いきなりハタキをばっさばっさやったら、空気が動いてしまって、舞い上がってしまうではないか!

目的は部屋を完全無菌状態にすることではなく、「ホコリを『できるだけ』溜まらないようにする」「ホコリの『絶対量』を減らす」ということだから、ハタキが後でもいいと思うのです。

どうせそのホコリは、翌朝に集めるのだから。

 

これぐらいだと、そんなに本気のパッチでやることでもなく、あんまり体力もいらないのですよ。

濡れゾーキンや脚立を持ち出し、本気のパッチで掃除をするのは、週に1回か、月に1回でいいんじゃないかな。

大掃除は体力を使うから、それぐらいのほうがいい運動になるかも。

 

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