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部屋とココロは、連動している。

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きゅうに本をガサーっと捨てたり、むちゃくちゃ掃除をしまくったりして、わかった。

「部屋とココロは、連動している」

部屋の状態は、ココロの状態を映し出すカガミだ。

 

いちばんわかりやすいところでいくと、「居住空間と押入れ(クローゼット)」の対比。

・居住空間……表面意識、顕在意識、通常の意識

・押入れ、クローゼット……深層心理

 

これはぼくの例だけど、いままでのぼくは、「居住空間は整理されている」が、「押し入れはグッチャグチャ」でした。

押し入れの中には全く使わないものがみっしりと詰まっていて、不潔で、全然整理もされていない。

しかし居住空間の方はそこそこ整理整頓が行き届いている。

これはどういうことかというと、

「表層意識はある程度整理されているが、深層心理は未整理で混沌としている」

ということに、他ならないと思うのです。

実際、知人友人はぼくのことを、こう思っています。

「冷静で、理論的で、きっちりしていて、まじめで、清潔だ」

見た目は、そうなのです。

でもぼくの、奥のココロはグッチャグチャ。

なにひとつ統一性がなく、不潔なところがあり、不要なことにこだわりを持ち、多くを抱え込み、くらい。

まさに……まさに、ぼくの部屋のようなのです。

「ややこしいものは、ぜんぶココロの奥に、しまい込んでいった」

こころに「闇」を形成していった。

 

そこでとにかく絶対にいらないものはバンバン捨てて、押入れといえどもしっかりと掃除をし、モノをカテゴライズして整理をしました。

そして当然、居住空間のほうもガッツリと整理して掃除をしました。

すると、どうでしょう!

ほんとうになんだか、ココロがスッキリしたような気がするのです。

なにか考え事についても、ああだ、こうだと思い悩む時間が減り、優先順位がスパっとつくようになった。

「いまできる」ことと「いまできない」ことと「いましかできない」こと。

「すべきこと」と「したほうがいい」ことと「したいこと」。

「重要なこと」と「重要ではないこと」と「重要になること」。

そんなことが、なにも脳みそから脂汗を垂らさなくても、マインドマップやTODOリストを作成するまでもなく、整理がつきやすくなりました。

つまり思い悩むことが、減った。

このことは居住空間の整理整頓よりもむしろ、押し入れや、タンスや、机や、キャビネットなど、そういった「しまうところ」の整理によって、如実に顕現されるようです。

 

こんな感じで、部屋の各部は、そのひとに対応している。

 

玄関は、「口」だ。

玄関が薄汚れていると、ことばが、きたなくなる。ことばで、悩む。

ことばが汚れると、思考も汚れる。

おしゃべりなやろう、逆に口下手なやろうは、だいたいたくさんの靴を出しっぱなしで、三和土が汚い。

玄関にいっぱいモノを置いているやつは、言いたいことも言えないやつだ。

窓は「目」だ。

薄汚れていると、よのなかが薄汚れてえるし、よのなかを、よごれた視線で見てしまう。

視線が汚れると、妄想が増える。

よのなかを間違ったものだと断定して、つまらない、おもしろくないという愚痴が多くなる。

トイレは「仕事」だ。

トイレが汚いやつは、汚い仕事に手を染める機会がふえる。トラブルに巻き込まれる。だまされる。

仕事が、へたくそだ。

床は「魂」だ。

床が汚いままだと、魂がよごれる。

性格がきたない。

 

そんな感じで、部屋は、こころや人体と呼応しているように感じるのです。

これはべつに迷信や非科学的なことではなくて、さもありなんと思われます。

というのも、部屋というのは、その持ち主の「表現の一種」だからです。

だれでもない、その人が、その部屋を表現していった。

だから部屋には、その人の「本質」が表現されるのだと思います。

 

不潔。

整理ができていないことよりも、こっちのほうが大きな問題だと思う。

見た目がきれいに整理されていても、部屋が不潔なら「本人のこころが不潔である」ということに、ほかなりません。

こころのどこかに、不潔なものを抱えている。

 

これは、いままで付き合ってきた女も、全部そうでした。

きれに着飾り、いい香りをさせて、一見、とても美しく見える。

しかし部屋が汚い女は、例外なくこころも汚かった。例外はなかった。

カネにずるく、権利にうるさく、すぐに女を武器にして、うすぐらいところがあり、後ろ向きで、性癖に異常性があることさえあった。

しかし部屋がきれいな女は、竹を割ったような性格の女が多かった。

はっきりしていて、裏表がすくなく、善良で、粘着性が少なく、男を立ててくれるところさえもあった。

それも、そのはずです。

「その女が、その部屋を作っていった」のですから。

部屋は、その人をあらわす。

いくらインテリアに凝って、見た目がきれいな部屋を作っても、だめだ。

「清潔」が欠如すると、こころまで穢れはじめる。

 

部屋は、いちばんながくいるところ。

ペットでさえ一緒にいる時間が長いと、飼い主に似てくるといいます。

また飼い主が、ペットに似てくることさえある。

部屋がその持ち主に似ないことが、わるわけなかろーも。

住人が、部屋に似ないわけが、なかろーも。

だから昔から、口酸っぱくいうのだと思います。

「きれいにしなさいっ!」

 

 

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