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いちどキレイにしたら、もう汚れない。

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掃除を毎日するようになって、新発見がありました。

「一晩で、どれだけの量のホコリが生成されるか」

 

まず、寝室を「これでもか」というほど、掃除する。

床は掃除機、ゾーキン、フローリング用クリーニグシートもフル活用して、部屋の隅々まで、家具も動かして、すべてのホコリを取り除く。

壁も、ランプシェードも、窓も、窓のレールも、カーテンレールも、家具のウエも、エアコンも、天井も、とにかくいったん全部、きれいに掃除する。

換気もしっかりして、眠りにつく。

そして朝起きて、眠気マナコのまま、そーっと寝室の床を掃いてみる。

…………………………。

「小さじ1」ぐらいのホコリが、出てくるのです。

これは、毎日やっても、同じ結果になる。

 

つまりどういうことかというと、小さじ1程度のホコリは、毎日毎晩生成されつづける、ということです。

もし、1週間掃除をしなかったら?

もし、1ヶ月間、掃除しなかったら?

3ヶ月掃除をしなければ「小さじ90杯ぶんのホコリ」が、寝室には貯まるということです!

小さじ90杯ぶんということは、大さじでいえば30杯ぶん。約450ml。

1リットルのペットボトルの、半分ぐらいの量のホコリ。

それだけのホコリが、部屋に蓄積していくということなのです。

しかしこれは、床だけの換算。

それがエアコンの上、家具の上、カーテンレールの上まで計算に入れたらどうなるだろうか?

「チリも積もれば山となる」

ほんとうに、そうなのです。

だから、昔からいう。

「掃除は毎日しなさいっ!」

このアドヴァイスは、数学的に正しい。

 

さて、そーゆーことで毎日掃除するようになって、じつは「ぼくが」変わりました。

不用意に汚さないでおこう、と思うようになった。

たとえば……これは今考えると衝撃的ともいえる習慣だったのですが……「鼻くそをピッとやらない」ようになった。

以前は、鼻くそをほじって「大物」が取れても、そのまま「ピッ」と床に捨てていました。

ハナクソをですよ!

今はもう、ちゃんとゴミ箱に捨てます(あたりまえだけど)。

 

トイレも、そう。

男性ならわかってもらえると思うけど、朝のションベンというのは、飛び散ることがあります。

朝立ちという不随意のボッキのせいで、尿道がなんか歪んでいるのです。

なので、ピーっと予期せぬ方向に飛んでいくことがある。

その尿は、当然壁とか、床に飛ぶわけです。

掃除をあまりしないときは、

「あっ。しまった。……まあ、いっか」

といって、放置したりしていました。

いっか、じゃねーよ!

いくねーよ!!!!

 

最近は「速攻で」拭くようになりました。

ていうかもう、朝は「座ってションベン」するようになりましたね。

こんな感じで、できるだけ汚さないように変わっていったのです。

 

これはおそらく「逆・割れ窓現象」だと思います。

最近ハロウィンの行列で、街がゴミだらけになる、という話があります。

あれはなにも、みんなのモラルが低いわけでもありません。

一部のモラルのない人が、何気なく捨てたゴミのせいで、そこにゴミが集まっていくのです。

だれかが不用意に捨てた、ひとつの空き缶。

それがあるだけで、だれか別のひとが「あ、ここなら捨ててもいいかナ?」と思ってしまう。

いや、ダメなんだけど、「なんか、いいような気がする」。

そして、2つめの空き缶が転がる。

それを繰り返して、5つも溜まってしまったら、もうそこは「ゴミ捨て場」と化す。

すでに汚いところは、汚れを追加しても許される気がする。

いっぽう、キレイなところは、汚してはならないような気がする。

だから、ゴミはゴミを呼び、幾何級数的に蝟集しはじめる。

 

家も、部屋も、そうなのです。

「すでに汚い部屋」では、もうハナクソ程度など、焼け石に水なのです(使い方が違うけど)。

そんなもんは、もう「汚れ」「ゴミ」ではなくなってしまう。

周囲がキタナイせいで、特赦を下賜される。

しかし、いったんカンペキと思えるほどにキレイに掃除してしまうと、ついに「ゴミはゴミとして、独立したオブジェクトになる」。

カエサルのものは、カエサルに。ゴミは、ゴミ箱に。

そーゆー観念が突如として芽生えるのです。

誰に説教されたわけでもないのに。

だからもう、不用意な汚れは生まれなくなる。

これが、逆・割れ窓現象。

 

いちどキレイにしたら、もう汚れない。

ぼくはこのたびの大掃除を通じて、発見しました。

キレイには、キレイがあつまる。

キタナイには、キタナイがあつまる。

残念ながら意志力とかモラルとか教育とか知識とかそういうのを超越して、この原理は、もう一次元上位のところで働いてる。

 

つまり、はっきり言ってしまえば、

人間とは所詮そんなものだ

ということです。

いくら理屈をこねまわし、そうするべきだとアタマではわかっていても、どうしてもできないことがある。

それは「できない人の意志が弱い」ということだけではない。

「割れ窓現象」に動かされているだけなのかもしれません。

弱いものには、弱いものが集まる。

強いものには、強いものが集まる。

ただ、それだけの話だ。

自分を変えるためには、まずは目の前の環境を変えろ。

 

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