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殺生は、掃除で減ることもある。

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ゴキブリさんやハエくんなどなど、家の中にはよく「害虫」があらわれます。

そういうのを殺す薬品や罠というのも、たくさん売られています。

しかしよくよく考えてみたら、そういった虫くんたちは、かならずしも害虫とは言えないところがある。

彼らは、むしろ家を「浄化」しに来ている、というふうにも考えられないか。

 

虫はなぜ、家のなかに湧くのだろうか。

それは「食べるものがある」からです。

彼らが食うものは、基本的にはゴミです。

大きな蜘蛛がいたり、蜘蛛の巣が張ったりするのは、そこにハエやコバエなどがいるから。

蜘蛛は、ハエをとってくれる益虫ともいえます。

そしてハエは、食べかすなどのゴミを食べる。

ということは、ハエくんはゴミ掃除をしてくれている、ということもいえます。

ゴキブリもそうです。

彼らはアホではないから、食べ物のない場所=清潔な場所には、基本的には寄ってきません。

たべるものを探して、移動していくのです。

 

そう考えると、ゴキブリホイホイとか、ホウ酸団子とかは、非常に残酷だともいえますね。

掃除をしないということは「エサで虫たちをおびき寄せている」ということに、ほかなりません。

彼らは、エサ(ゴミ、ホコリ)を求めて動くのですから。

汚い部屋にこそ、彼らは寄ってくる。

そして守備よく寄ってきた虫たちを、こんどは粘着テープでからめとったり、毒液をぶっかけたり、美味しそうな匂いをつけた毒団子を騙して食わせて餓死させたりする。

……ちょっと、残酷すぎないだろうか。

寄ってきたのは、おまえの怠けのせいだろうが。

彼らだって生きているのです。

 

「勝手に来るからわるいのよ! ウチに来なければ、殺したりはしないわ!」

なんていうのは、自己中心的すぎる。

掃除をこまめにしていないから虫がわくわけで、究極的には自分が呼び寄せているともいえます。

虫がよろこぶ食べかすや髪の毛、ホコリなどを、ごていねいに準備してあげているのですから。

それなのに、来たら来たで、ブチ殺す。

ぼくは思うんだけど、そーゆーことをしていると、そのうちバチがあたるような気がするのです。

おまえが呼んだのに、なにを虫の自主的行動、悪意ある行動だと虚偽の報告をしとるんじゃ。

この、うそつきめ。

 

一寸の虫にも、五分の魂。

とはいうものの、やはりゴキブリさんやハエくんたちがわんさかいる部屋で、一切殺生をしないというのも、なかなか難しいです。

衛生的にも、わるい。きもちわるい。こわい。

虫を殺さなくてよいようにするには、虫が寄ってこないようにすればいいわけです。

虫が寄ってこない家というのは、ようするに、清潔な家。

掃除をしっかりしていれば、虫はそんなに湧くことはありません。

というか理論的には湧かないし、寄ってこない。

じっさい、最近ガッツリ掃除をしたら、蜘蛛の姿が見えなくなりました。

たぶんコバエがいなくなってしまったからだと思います。

 

掃除をしないというのは、残酷なのですよね。

じぶんで汚くしておいて、そこに寄ってきたものを、ぶち殺す。

そんな人間のくせして、戦争ハンターイとか、いじめハンターイとか、犯罪ボクメツーとか、不審者ツーホーとか、じゃかましいわなあ。

「いのち」という単位で見れば、部屋に毒団子を仕込んでおくなんていうのは、犯罪者とまったく同じことをしているのですよ。

対象が人間か、虫か、というだけの違いだ。

 

食うわけでもなく、襲われたわけでもないのに、生き物を殺すな。

この鉄則に従うなら、もう「掃除」しかありえないのですよね。

ホコリやゴミの多い部屋に住んでいると、虫たちが集まってくるから、余計な殺生をする機会が増えてしまう。

思うに、だからこそ、仏教では掃除を非常に厳しく言うのだと思います。

きれいにしていれば、虫は基本的には寄ってこない。

寄ってこないから、追い回して殺したり、毒エサを撒き散らす必要もない。

安心して眠れるし、よけいな殺生をせずにすむ。

 

虫といえども、殺すというのはあまり良い気持ちはしませんものね。

彼らだって、いっしょうけんめいに生きている。

「同じ世界に住んでいる」から、彼らとよく顔をあわせることになるのです。

ちがう世界にしてしまえば、そうそう会わなくなりますよね。

 

部屋の中で虫をよく見かけるということは、サインだ。

「てめー掃除ちゃんとできてねーぞ! いい加減にしろよ!」

っていう。

これを「虫の知らせ」という(しまった! ダジャレだ)。

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