現代は「エンタメ時代」ともいえるのかもしれません。
人を楽しませるもの、エンターテインメントというのがりっぱな産業になって、さまざまなところに入り込んできています。
そもそも、テレビやラジオ、新聞などは「大事を国民に通知する」ことが目的だったと思います。
天災や生命に関わる事件などを通知し、注意喚起をすることが、重大な役目でした。
しかし時代は変わって、いまやネットも含めたマルチメディアは完全にエンタメがメインになってきています。
「生命に関わる大事」が少なくなってきたからそうなったのでしょう。
だからこれは、良いことだと思います。
英語の「entertainment」は、語源としては「心をつかんで離さないもの」ということなんだそうです。
たしかに、エンタメのもろもろは人の心をつかんで離さない。
逆にいえば、エンタメにあまりに傾注すると「心がつかまれて、動けなくなる」ということでもあるんだと思います。
案外見落としがちですけど、わりと怖いこともあります。
映画、テレビ、ラジオ、音楽、漫画、アニメ、ゲーム、ネット、エンタメ小説などなど。
エンタメと日常的に長時間接していると、
楽しいことを、エンタメの中にしか見つけらない
という、一種の異常事態に陥る可能性があります。
こどもはなぜ、毎日楽しそうにしているか。
それはまだエンタメに汚染されていなくて、日常の「なんでもないこと」にも十分に楽しみや喜びを見出すことができているから、というのもあると思います。
蝉の抜け殻だけで、まる1日遊べたりする。
しかし最近のこどもは、そうでもなくなってきたようです。
ゲームやアニメ、漫画などがないと人生が楽しくないという子どもも、珍しくなくなってきたようです。
ぼくは個人的に、これはたいへん不幸なことではないか、と思いました。
だれかが作った人為的なエンターテイメントに依存しなければ、この世界を楽しむことができなくなってしまったのです。
ネット依存も、メカニズムは同じです。
この世界には1000回生まれ変わってもすべてを経験することがきないほど様々なことがあるというのに、せまいディスプレの中から覗き込んだデータベースの中だけに、楽しみを見出す。
エンタメに人生の楽しさを奪われてしまうと、エンタメ以外のものごとが、まったくつまらなく見えてくるのですよね。
これは、志向や個性の話ではなく、ただの機能低下だと思う。
蝉の声や雲の流れ、朝焼けや夕焼け、満月や雨の音。
エンタメにこころを征服されてしまって、どこにでもある、ずっとある、あたりまえの、だれにでも感じられるもろもろを「つまらない」と言い出してしまったのです。
それよりも、うごく絵のほうがおもしろい、それがないと人生が楽しくないと言い出した。
アカンやんけ。
いや、エンタメじたいが、アカンのではないですけどね。
エンタメに「征服されてしまった」ことが不幸なのでは、と思うのです。
ただ生きていくだけでもおもしろい、すばらしいと感じられるものごとが無限にある状態と、ある特定の条件下でないと人生が楽しくないのとでは、幸福度が全然ちがいます。
面白いと思う映画を10回もみたら、さすがに飽きてきます。
もっと面白い映画はないか、もっとあたらしい映画はないか。そんなことを考えるようになる。
窓の外にいつでも見える、きょうの雲の動き、すばらしい朝焼けなんかにはもうまったく関心がなくなって、エンタメがないと人生が面白くなくなってしまう。
エンタメ依存症も、アルコール依存症と、完全に同じですね。
ほんらい、なくてもよかったのです。エンタメも、アルコールも。
それがなくたって、人間という生き物は、生きていくことができます。
なのにとうとう、それがないと「つまらない」と言い出した。
不幸がひとつ、増えてしまったんです。
ぼくはお酒をやめてから、知りました。
お酒よりも美味しいもの、楽しいものは、いくらでもあります。
だから実際に、下戸のひとも楽しく生きていっているのです。
なのに酒飲みは「酒なくて なんでこの世が さくらかな」とかいう、完全なるアル中のようなことを言い出します。
いらないんですよ。
お酒なんか、ほんとうは。
お酒と深く接してしまったがゆえに、「お酒がない苦しみ」を獲得した。
エンタメと深く接してしまったがゆえに、「エンタメがない苦しみ」を獲得してしまうのです。
幸福は、相対的であるともいいます。
強い楽しみに接しすぎると、「あたりまえのこと」が、まるでバカみたいにつまらなく見えてしまう。
これははっきり言って、ものすごく損だと思います。
辛いものを食いすぎて、辛くないとおいしくない、と思いだしてしまったんだ。
これは感性が高度になったんじゃないし、文化的になったのでもないです。
あきらかな、感受性の低下です。
エンタメも、ほどほどに。
人工のたのしさにはあまり接さいないほうが、人生楽しくなると思います。
バカになってしまった舌を、リセットしようと思う。
ふつうのこと、そこにあるものごとでじゅうぶん満足できるひとこそが、人類最強です。