思い出の秋葉原

いまでもたまに、フッ、と思い出し笑いをすることがあります。

最近ムネの息苦しいのもだいぶとれて、パニック発作的なものも減ってきたのも関係しているんでしょうか、「どこかに遊びに行きたい」というような珍しい感覚が芽生えてきています。

 

行きたいところはたくさんあって、デカいところでは久々にもういちどハワイに行きたいとか、タイもいいなあとか。

身近なところでもいくつかあるのですが、もしまた電車に乗れるようになったら、「娘とメイド喫茶に行きたい」っていうのがあります。

 

「娘」と「メイド喫茶」は、あまり結びつかない単語ですけれども、ちょっとした思い出があるのです。

パニック障害はあったけどまだ元気に電車に乗れていた頃、ぼくの娘は小学5年生ぐらいで、当時娘はアニメが好きでよく観ていました。

それで知識をつけたのでしょう「夏休みに秋葉原に連れて行ってほしい」というのです。

東京方面には仕事でよく行っていましたので、では一度都合をつけて連れて行ってやろう、ということになりました。

 

とにかく「メイド喫茶」というものに行ってみたいのだそうです。

え、大丈夫なんかそれ。

行ったことはなかったのですが、イメージとしてはなんとなく、若いカワイイ女の子たちがフリフリの衣装を着て、お客さんにいろいろとキャッハムフフなことをするのではないのか。

小学生のガキを連れて行ったら、即座通報即刻現行犯逮捕、みたいなことにはならないのか。

アニメ文化に詳しい友人に聞いてみると、友人は「風俗店でもないから大丈夫だ」ということでした。

カワイイ女の子がいっぱいいて給仕をしてくれると聞けば真っ先にキャバクラとかセクキャバとかガールズバーが思い浮かんだのですが、ぼくのココロは汚れていたのです。

 

さて安心したものの、そもそも秋葉原自体ぼくも初めてで、どこをどう行けばよいのかさっぱりわかりません。

しかし娘はアニメなどでけっこう知識を得ていたようで、「わー! あれがラオックス!」とか「ラジオ会館、すごーい!」などと目をキラキラさせていて、ただ歩いているだけでもそこそこ楽しいようでした。

ちょうどそんな折、例のメイド服を来た女の子が近寄ってきて、チラシをくれました。

地図を見ればけっこう近かったので、いちおうその女の子に聞いてみました。

「あのう、この子どもが行ってみたいっていうんですけど、ダイジョウブですかね?」

すると彼女は、

「ええ、あの……ウチはちょっと……」

というのでした。

「ということは、アレですよね、その例の、ムフフ系のナニがアレ、みたいなことで」

「そうなんですよー」

「そら、あかんわなあ」

すると彼女は意外なことを言うのです。

「でも、大丈夫なところありますよ」

ぼくたちを引き連れて、あるお店まで案内してくれたのでした。

外観は完全にオシャレなカフェといった感じです。

「へえ、ここも系列なんですねえ」

「いえ、全然ちがいます」

ぼくは汚れたオトナなので、

「その……ええんですか? よその店に客持っていったら、オーナーにシバかれるんとちゃいますか?」

とヒソヒソ聞きましたら、

「ナイショです♪」

と肩をすくめて小声で囁き、「じゃあねー」とサワヤカに娘に手を降って去っていったのでした。

 

ホレテマウヤロー!

いや、東京ってなんかイメージ的に冷たい怖い、つっけんどんなイメージがあったんですけど、めっちゃええやつやんけ!

ぼくはなんか、一気に「メイドさん」のファンになりそうになりました。

 

さっそく娘と一緒にその店に入りましたら、10人ぐらいの黒いフリフリのメイド服を来たうら若き女性たちが一斉に出迎えてくれました。

お帰りなさいませ、ご主人さま〜〜!!

ご、ご主人さまっ!?

「お帰りなさいませ」も気になったけど、それよりもたぶん一生言われることはないであろうワード・ベスト5が突如飛び出したことに、ぼくは驚きました。

そして間髪入れず、

「お帰りなさいませ、お嬢様〜〜〜!!」

お・嬢・様!

むろん娘のことでしょうが、娘を見下ろすと、目を丸くしてポカーンとアホみたいな顔をして、

「おじょ……」

といってフリーズしていました。

 

聞けば娘はメイド喫茶はおろか、喫茶店というものじたいが初体験だったようなのです。

そういえばファミレスや居酒屋、中華料理店ぐらいなら連れていったことはありましたが、いわゆる「カフェ」的なところは確かに初めてかもしれません。

はいよー! お姉ちゃん焼き鳥いっちょねー! へいお待ちィ!

とか、

チャーハンネ、カイセンとネ、ウシのニクのとアル、ドッチネ? オマエ、ドッチスルネ?

みたいな店員さんしか知らない娘には、かなり衝撃的だったようです。

その後娘は、「本当に右手と右足が同時に前に出る」とか「メニューを持つ手がわなわな震えて顔が紅潮する」とかいう、まことにスタンダードでステレオタイプな緊張表現を継続していました。

オムライスと、ぼくはビール、娘はオレンジジュースを頼みました。

暑かったので飲み物を先にもらって、それを飲みながら秋葉原の感想をいろいろ聞いていたのですが、娘はもう完全に上の空で、なるほど人間というのは緊張するとほんとうにこんなふうになるのだなあ、あれは映画などのデフォルメではなかったのだなあという見本を見せ続けてくれていました。

オレンジジュースを持つ手は、もはやドリフのコントかと見紛うほど、見事に震えていましたね。

 

緊張しすぎたのでしょうね、娘はついにそのオレンジジュースのグラスを倒してしまいました。

オレンジ色の激流は、対面に座っていたぼくの「股間」へ向かって、一直線に走ります。

とっさに立ち上がったものの時はすでに遅し、股間はずっぷりと濡れたのでした。

メイド喫茶でぇ〜濡れるぅ〜、俺のぉおお〜、

 

すると、なんということでしょうか。

大丈夫ですかっ、ご主人さまっ!

という第一声が上がり、

ご主人さま!

ご主人さま!

ご主人さま!

と唱和が沸き起こり、ほぼ全員のメイドさんが駆け寄ってきました。

手には「おしぼり」を持って。

その異様な光景を目にして、ぼくはいったい何が起きたのかわからず一瞬病気ではないほうのパニック状態になり、呆然と立ち尽くしてしまいました。

まるでS.W.A.T.の作戦行動かのようにメイドさんたちは散開し、ひとりはテーブルを拭き、ひとりは床を拭き……というように、規律正しく清掃をはじめました。

駆け寄ってきたメイドさんのひとりは、呆然と立ち尽くしているぼくの足元に膝まづいて、おしぼりでぼくの脚を拭きはじめました。

真夏で半ズボンだったので、ぼくのフトモモの素肌はメイドさんのあたかい濡れたおしぼりでまんべんなくナデナデされるのです。

そしてしまいには、こともあろうか、もっともよく濡れた「あの部分」を、おしぼりで「トントントン……」としてくれるのでありました。

後ろからも、別のメイドさんが、ぼくのお尻を、トントントン。

 

ぼくのあそこを、トントントン。

メイドさんが、みんなでいっしょに、トントントンっ!

アアオウ!

これは、なんちゅうかその、ワーオ!

ワーオ! ワーオ!

これはもしかして、いわゆる「天国」なのではないのでしょうか。

ぼくはつい思わず「アッ……」などという甘い声を漏らしてしまったのでありました。

 

はっ!

ぼくは思い出し、娘の方をバっと振り向きました。

実の父親がうら若きメイドさんに囲繞され下半身をトントンされ、甘い吐息を思わず漏らしている光景を、若干10歳の娘が目前するというのはどのような心境であろうか。

このことがトラウマになり、男性不信に陥り一路不良化へ……

などという危惧をよそに娘は相変わらず硬直したままで、いちおうこの光景を凝視はしていましたが、どうやら「眼中にない」ようでした。

それどころではく、ただじぶんの引き起こした粗相についてオロオロしているようでした。

よかった、いや、よくないけど、よかった。

 

ひとしきり騒動が収まったあと、娘はかわいそうに、ショボーンとしてしまいました。

「ごめんなさい……」

ぼくは「違う違う! おまえはいま、ものすごい親孝行をしたんだぞっ!」などと言いかけて、しかしそれはぐっと飲み込んでいやその、ええと、ええと、などと言っておりましたら、またメイドさんがやってきた。

「お嬢様、大丈夫でしたか? 濡れていらっしゃいませんか?」

と、とてもやさしく、ほんとうに心配そうに声をかけてくれるのでした。

そしてオレンジジュースをもう一杯、テーブルの上に置きました。

「これはお気になさらないでくださいね、サービスですので」

そういってサワヤカに立ち去るのでした。

 

ホレテマウヤロー!

プロや!

ていうか、ええの?

こっちが勝手にこぼしただけなのに、もう一杯サービスしてくれるとか……。

娘もこれをきっかけに緊張が取れたようで、

「メイドさん、やさしいねえ〜」

といって、ニコニコ顔に戻りましたし、ちょっと感動すらしているようでした。

ぼくも、感動しました。

ダブルで。

 

店を出るとき、ご迷惑をおかけしてすみませんでした、ジュースもお気遣いありがとうございます、と頭を下げておりましたら、例の「股間トントン」のメイドさんが駆け寄ってきて、

「あのう、もしよろしければこれをお持ち帰りください」といって、新品のオシボリを持ってきてくれたのでした。

「いやもう、大丈夫ですよ、ほんまありがとうございます」

とお断りをしたのですが、彼女は「でも……」といって、ぼくの股間を見つめるのでした。

あっ。そうか。

なんかションベン漏らしたみたいになってる。

でもぼくはもうさすがに申し訳なくなって、

「いや、きょう暑いからすぐ乾きます、それに正直ココもアツくなってますしね、あ、なーんつっていやその、これは冗談ですけどアハハハハ、」などと思わず言ってしまい、咄嗟とはいえわがオッサン臭さに我ながら辟易したのですが、メイドさんはわりと本気で「ウケて」くれました。

やさしいなあ。

関西の喫茶店であんなこといったら「チッ……」とか舌打ちされても、文句いえないのに。

 

つまりようするに、ぼくはメイド喫茶に、そして秋葉原に対して、すげえ良い印象を持ったのでした。

だから店を出て、娘のアタマをワシャワシャとなでてやりましたね。

「あれは、ええトラブルやったな! ようやった!」

「なにが?」

「おとなになったら、教えてやるわ」

 

また娘と行ってみたい店のひとつです。

もう大人になったので、「実情」を話してやっても……よくないな。

いらんこと、言わんでええ。

 

 

  • ぽぽんた より:

    爆笑

    さすがの 文章力 (・ω<)*b

    ていうか。
    調子 よさそう なんだ。
    なんか 感じる
    伝わってくる みたい。
    よかった。

    • TERA より:

      いえそんな、恐縮です。
      そうですね、なんか気分は調子いいかもしれません。
      きょう、すげえことが起こりましたけど・・・

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