仏教抹殺。
すごいタイトルですが、読んでみた。
明治維新というと日本の近代化をおしすすめた原動力ということでその「いい面」ばかりがフォーカスされがちです。
新選組とか西郷どんとかテレビの影響もあってイメージ的に「かっこいい」みたいなのもある。
でもやっぱり、暗黒面があったんだなあ。
廃仏毀釈というのは学校でも習ったしその存在はもちろん聞いたことはあったけど、詳しいことまでは知らなかった。
神仏混淆で神社とお寺の境界線が曖昧だったから、それを明確にしなさいというのが神仏分離令。
意外だったのは、明治政府はべつに「仏教を排斥せよ」とまでは言っていなかったんですね。
でも実際には、全国の多くのお寺はボロクソに破壊されたりして、かなりえげつない状態だったらしい。
薩摩藩だった鹿児島県では「100%」のお寺が破壊されたのだそうです。
外国とくに西洋からの侵略の脅威があって西洋は一神教の強いイデオロギーで動いていた。
しかし当時の日本はまったくてんでばらばら、宗教的な求心力がまったくなかった。
これはいかん、このままでは西洋に飲み込まれてしまうということで、宗教的な求心力をつくりだそうとしたというのが第一義のようです。
王政復古とともに神道の復権をめざして「神主仏従」のイデオロギーの定着をめざす。
当時の日本の条件からすれば、これしか選択肢はなかったんでしょうね。
仏教はすでにいろんな派閥に分かれていたし、キリスト教はほとんど根付いていない。
本居宣長ら由来の「国学」もあるし、馴染みがあるもので中央集権に持っていきやすいのは神道以外になかった、ということなんでしょう。
いちばん驚いたのは、地域によっては一般市民からお寺は「憎まれていた」ということです。
お寺からの年貢の取り立てが非常にキツかったりして(お寺が年貢をとっていたというのも驚きでしたけど)、そのくせに住職は戒律を守らず肉を食うわ酒は飲むわ風俗通いをして愛人まで囲うわ、しまいには結婚までするしまつ。
そういった仏教の堕落があまりにもひどくて、民衆もくすぶっていた。
だから神仏分離令が発布されるとタガが外れてしまい、僧侶を迫害しお寺を破壊するという凶暴な行動に走っていったんだそうです。
また各藩にも思惑があって、まちづくりや大砲づくりのために仏像や鐘などの金属類がほしかった。
新政府におもねる意味でも、率先して廃仏毀釈を行っている姿勢を見せたかったというのもある。
民衆と為政者の思惑が一致して、激烈な寺院排斥運動になっていったんだそうです。
あとがきでは、この狂気じみた寺院排斥運動の背景には以下の4つの原因があった、としています。
・権力者の忖度
・富国策のための寺院利用
・熱しやすく冷めやすい日本人の民族性
・僧侶の堕落
最近の仏教については「葬式仏教に成り下がってしまった」といって嘆く声が上がることがあります。
なにをいまさら。
それってここ最近の問題ではなかったんですね。
そもそも政府の庇護を受けた江戸時代から、もう仏教の堕落は始まっていたそうです。
檀家制度が制定されてから、お坊さんたちは真理探求や民衆救済をめざす求道者から、戸籍管理と地域統括を行う准役人になりさがっていった。
だから仏教会に問題があったというよりは、徳川幕府の「仏教会の弱体化作戦」がすばらしく成功した、ということなんだろうと思います。
本には「権力者への忖度」とあるけど、たぶんそういうことでもないだろうと思いました。
それよりも「新政府になったときの自藩の優位性の確保」というほうが正しいような気がします。
「熱しやすく冷めやすい日本人の民族性」というのも、すこし違うような気がする。
それよりも「上意下達の国民性」とか「お上にすなおな国民性」のほうファクターとしては大きかったような気がする。
ウエがそうしろといったら善悪などそっちのけで、はいっ、わかりましたっ、とすなおに従う国民性が確かにある(あった)。
熱しやすく冷めやすいのは、べつに日本人に限ったことではありませんものね。
だからあの廃仏毀釈運動はどこかに原因があったというよりも「そうなるべくしてなった」のだろうなあ、と思いました。
外国からの脅威とか、国学の隆盛とか、仏教界の腐敗とか、仏教会に押さえつけられていた神主さんたちの不遇によるフラストレーションとか、民衆の不信とか、いろんなことがあいまってそうなった。
つまり時流とシステムの欠陥によって自己崩壊した、ということなんだろうと思います。
病気と一緒ですね。
いろんな複数の原因が時流によって同期したとき、ひとつの結果として奔流のように飛び出してくる。
そして思ったのは、日本の仏教もすごいな、ということです。
あれだけ激烈な廃仏毀釈運動があったのに、現在お寺は数え切れないほどあります。
その多くは「復興」したのだそうです。
廃仏毀釈運動が過ぎ去ったあと、信者や仏教会が頑張って復活させていったんだそうです。
だからそういう意味で廃仏毀釈運動というのは「仏教のカタルシス」だったのかもしれないな、とも思いました。
大粛清で確かに多くの寺は消えたけど、生きていたシステムはその後復活した。
もしほんとうに全部に意味がなかったのなら、政府の方針が変わったとしても復活することはなかったでしょうから。
抹殺された仏教、よみがえった仏教。
この本を読んで、あの例の「パワースポット」的な思想はほんとうにウザイなあと思いました。
「うわあ〜、お寺とか神社ってやっぱり、癒やされるぅ〜〜」
じゃかあっしゃあ。
お前が立っとるその場所で、なにがあったと思うとるんじゃ。
どれだけの坊さんが迫害され、殺されたと思うとるんじゃ。
みんなが、どんな思いで復興させたと思うとるんじゃ。
恥ずかしいわ。
歴史を知ると、お寺や神社を見る目も変わりますね。
少なくともいえることは「今残っている寺社」は過酷な時代を生き残ったもの。
この結果もまた、複数の原因の機縁によってなされたものなのですね。
感慨深いです。