きょうはぐっと冷え込んで、外気温は7度。
でも雲ひとつ無い快晴。
ぼくはこういう天気が大好きです。
寒いけど、太陽はあったかい。
これはもう、行くしかないでしょうが。
山へ。
と思ってさっそく行ってきました。朝の9時から。
まあ山と言っても裏山のようなもので、家から歩いて麓まで15分程度、標高は330mぐらいのかわいい山です。
高取山といって、むかし加藤文太郎という登山家がここでトレーニングをしていたそうです。
だから傾斜はまあまあキツいです。
パニック障害をこじらせて外出恐怖症になっていらい、家の周辺をぐるぐる歩き回るぐらいしかできませんでした。
それすらもできない日があった。
それが山へ行こうと思い出したのですから、いちおうは進歩ですね。
で結局、今日は麓まで行って引き返してきました。
入山はしなかったのです。
具合がわるくなったわけではありませんし、恐怖症がぶりかえしたわけでもありません。
もう「そこ」なんですけどねえ。
ちょっとがんばれば、山には入れる。
なんなら、山頂までそれほど距離があるわけではないから、もし発作を起こしたって根性で張り倒せるはずです。
行きたい、せっかくここまで来たんだ、山に入りたい、頂上まで行きたい。
それにこんな中途半端なところで引き返すなんて情けない、もったいない。
でも、やめた。
「がんばって」撤退しました。
ぼくは反省をしたのです。
2年ほど前に、同じように状態が復活してきたころ、この山を登りました。
そのときは泣きながら登りました。
途中何度も発作を起こしながら、それでも根性を振り絞って涙を流しながら山頂まで行きました。
やっと到達した頂上から景色をながめ、ぼくはまた泣きました。
やった! おれは、やったぞ!
パニック発作に打ち勝ったような気がして、とても気分が高揚しました。
しかしこの高揚感はただの「妄想」に過ぎなかったのです。
全然勝っていないどころか、結局はボロ負けしていたのです。
その後ぎゃくに状態は悪化していって、一歩も外へ出られなくなってしまいました。
それから2年。
ぼくはあまり賢くはないけど、もういい加減わかりました。
そういうことじゃ、なかった。
パニック障害や外出恐怖に打ち勝つっていうのは、泣きながら命がけのような気分で何かを達成することじゃあない。
それは勝ったのではなく、むしろ逃げたのと同じだったのです。
達成感という薬物を利用して、たった1箇所のゴールを突破しただけで「勝ったことにした」。
それは、ずるいよ。
ほんとうのゴールから、逃げちゃだめだよ。
がんばることも必要だけど、その100倍、計画がだいじだ。
「達成する」っていう未来を見るんじゃなくて、「いまの気持ち」をしっかり見ないとだめ。
きょう、あの麓で、ぼくは感じていたのです。
「だんだん、つらくなってきた」
体力的には、まだまだ余裕。
でも歩くほどにだんだん暑くなってきて、この「暑さ」は発作のトリガーになる場合があります。
予期不安ではなく、純粋にあたまのなかが「ワーーー」っとなってきていた。
そんなに強い感じではないから、張り倒すことはできる。
でも「張り倒したらだめ」なのです!
それは、じぶんと喧嘩をしていることになる。
ぼくはここに、戦いに来たのではありません。
喧嘩をしにきたのではない。
楽しみに来た。
天気のいい気持ちのいい朝、歩いてすこし息をあげる心地よさを感じながら、山のきれいな空気を吸いに来ました。
楽しみに来たのです。
だから「乗り越えたい!」あるいは「あとすこしだ、達成したい!」っていうよけいな欲がこころのなかに出た瞬間、やめた。
そんなことを考えるんだったらもう、帰っちゃうもんね。
だってそれは目的とズレているから。
達成しにきたんじゃないだろ?
勝負しにきたんじゃないだろ?
喧嘩をしにきたんじゃないだろ?
気持ちいいから、たのしいから、きたんじゃないか!
山は逃げない。
ずっとここにいる。
気持ちのいい朝はこれからなんどでも来る。
きょう勝たなくてもいいのです。
きょう乗り越えなくてもいいのです。
焦って勝負を挑んで、何度失敗したのですか?
言い聞かせて、山を降りてきました。
まあ正直、ちょっと残念な気もしています。
でもいっぱい歩いて、気持ちはよかったです。気分がいい。
また午後からあの場所までもう一度いこうかな、とも思った。
あるいはあした、あるいはあさって、もう一回行ってみようかとも思った。
そう、これ、この感覚が大事なんですよね。
無理して頑張って「二度と行きたくない」ってなるぐらいなら、やらないほうがマシ。
無理して頑張って達成したことは、ほんとうは達成したとはいわないんだよね。
楽しむという目標を達成できなかったじぶんの弱さに、負けている。
25メートルのプールを泣きながら溺死寸前でギリギリ泳ぎ切るひとを「25メートル泳げる人」とはいいわないですものね。それは「ほとんど泳げないひと」といいます。
ギリギリでできることは、できていないのと同義です。
鼻歌交じりで余裕があってできたことこそを「できた」っていう。
パニック障害って「時間的障害」だと思うんですよね。
切羽詰まり、余裕を失うというのは、そこに「時間」が介在しているからです。
発作時の最大の恐怖は「もう間に合わない」という感覚です。
時間に対する認知の障害を先に治さなくてはいけません。
つまり時間をかけて、徐々に達成していく訓練が必要。
気長に、のんびりと、でも真剣に進んでいく覚悟が必要。
まあそれはそれとして、ひとつ勉強になりました。
暑い!!!!
気温7度でもセーターなんか着ていったら、いかんですね。
これはいかん。
帽子もわりとあったかいのをかぶっていたので、汗をぶるぶるかきました。
正直こんな状態で登ったら汗冷えして風邪引きそうだったから降りてきたのもあるんです。
ちょっと寒すぎるよ〜〜ぐらいの服装か、脱いだり着たりできる服じゃないといけませんね。
わりとあたりまえのことを忘れていました。
こんどは、ちょっと寒い格好でいこう。