こころという、からだ

コロナが流行るずっと前から、喘息のような症状が出てとても息苦しくなることが多かった。

最近はかなりマシになっているものの、たまに気管支が非常にヒーヒーいって息苦しくなることがある。

おそらく気管支に何らかの異状があるんだろうなあとは思っていたけれども、腑に落ちないこともある。

夜眠ると、その症状はまったく消えてしまうということ。

朝起きたその瞬間は、まったくの無症状である。

ほんとうに気管支に異常があるのなら、眠ってしまったら全く症状が消えてしまうというのは、どうも腑に落ちない。

 

それ以外にも、ある。

腰が痛いだの、のぼせるだの、胃がムカツクだの、そんないわゆる不定愁訴も、まったく同様である。

眠ってしまったら、なあんにも感じないのである。

ただし、ほんとうにケガをしていたり、腹風邪などで胃腸の具合がわるいときは、別である。

そんなときは、眠っていても、朝目が覚めた瞬間にも、症状を感じる。

 

心因性なのかもしれない。

ということに薄々気が付きはじめて、自分自身を観察していたところ、気がついた。

ぼくのこの息苦しさは「がまんをしている」ことの、「表現」であった。

「したい」という、「want」 を、「ねばならぬ」「べきである」という、「must」「should」 で抑えこんでしまっている。

つまりは「あたま」が、「こころ」を張り倒し、抑え込み、ねじふせて、鋼鉄製のフタをしてしまっていたのであった。

 

整理ができていなかった。

「あたま」=「思考」=「こころ」

ぼくはそんなふうに考えていたところがある。

これはおそらく、ちゃんちゃらおかしい整理法である。

そうではない。

正しくは、

「あたま」=「思考」

「こころ」=「からだ」

であった。

 

「からだの調子がわるいと、こころにも影響がある」

確かにそうだが、この言い方だとまるで「からだ」と「こころ」が別物のようではないか。

いやむしろ「からだ」と「こころ」が別物であるという整理のしかたをしているから「からだ」が「こころ」に影響をしたり、あるいはその逆のことがあるとなんだか不思議なように感じるのではないか。

 

からだは、こころそのものである。

こころは、からだそのものである。

 

そう定義すると、さまざまなことにすみやかな整理がつくことに気が付いたのである。

別物なのは、「からだとこころ」ではない。

「あたまと、からだ=こころ」であった。

 

大将が、すり替わってしまったのである。

DELLの安いコンピューターにも劣る性能しかない、エラーが多く持続性も胆力も創造性もない「あたま」などを大将に据え、量子コンピューターにも負けない性能と過去数十億年の膨大な記憶を内蔵し、どのような困難にも負けず「絶対に生き抜く」という強靭な目的性と勇気を有している「からだ=こころ」のほうを、まるで奴隷のように従えている。

こんなもの、異状が出るほうがあたりまえなのではないか。

 

クーデターを起こさねばなるまい。

いつまでも馬鹿者に舵をとらせていたのでは、お先真っ暗である。

「あたま」のような卑賎なものには、本来の大将である「からだ=こころ」の「おてつだい」ぐらいが、ちょうどよい役目である。

 

「あたま」で「こころ=からだ」にフタをしたり、「制御しよう」としたりすることを継続していくと、ある日とつぜん、システムがエラーを起こす。

「したい」すなわち「want to」が、発動しなくなってしまう。

「なにがしたいのか、わからない」

「あんなに好きだったことが、たのしくない」

いわゆる、ウツのような状態になる。

これは「こころのエネルギーが枯渇した」のではないと思う。

システムが、故障したのである。

そんなときは、

 

クーデターを起こさねばなるまい。

「ねばならぬ」「べきである」よりも「したい」のほうに、政権を譲渡しなければならない。

大政奉還によって、「あたま」は平民に戻っていただく。

 

ヨーガでは、「あたま」「こころ=からだ」のほかに「意識」ということも定義しているそうだ。

ここでもぼくは、混濁していた。

「あたま」=「意識」というふうに混濁していた。

いいや。「意識」は決して、「あたま」「思考」ではない。

「意識」は「こころ=からだ」の黒幕であり、長老であり、根っこであった。

「意識」は「あたま」とはすこし雰囲気が似てはいるが、出自も血筋もまったくの別物であった。

「あたま=思考」とは、「意識」と「からだ=こころ」の波紋が織りなすホログラムのようなものであって、結果であり、残滓である。

 

本来のすがたは、「意識」と「からだ=こころ」の双方が融和鼎立する政権で、「あたま」はその下僕。

そのような理想形を体現している存在が、ごく身近にある。

こどもである。

 

 

…………というようなことを思いついたら、からだがラクになった。

あれだ、ようするに、ストレスたまってたんだよなあ。

気がつかないうちに。

「気がつかない」理由。

「あたま」みたいなモブキャラを、後生大事にして、キャプテンなんかにしてるからだ。

いますぐに、クーデターを起こさねばなるまい。

 

 

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