アフターコロナは、スロウな世界

新型コロナの件については、当初「打ち勝つ」みたいなことがよく言われていたけれど、この言い方も最近少なくなったなあと思います。

まあ、いまだに勝つ勝つカツカツ言っている人も多少いますが。

途中から「withコロナ」ということも言われるようになって、ウィルスを駆逐するとか排除するとか抑え込むとかいうような高血圧なくせに頭の回転がすこしわるい感じの方向ではなく、共存という思想も芽生えてきました。

勝つとか駆逐するとか負けないとか、そういう修羅系のものごとを考えるときはだいたい「じぶんは変えずに相手を変えたい」というわがままな思いが強いときかもしれませんね。

しかし最近は「私達も変わろう」という柔軟な姿勢が見えてきました。

 

かつて「スロウ・ライフ」という言葉が流行ったことがありました。

(知らなかったのですがこれは和製英語で、英語ではふつう「Slow Living」というのだそうですね)

考えてみればじつはこの思想、アフターコロナ、あるいはwithコロナに「うってつけ」なのではないか。

もはや手に負えないほど新型コロナウィルスが拡散してしまった原因のひとつに「速度に依存する経済」というのもあるような気がする。

 

もうとにかく、早く早く、急げ急げが多かったんですよね。

クルマも電車も早いほうがいい、仕事も早いほうがいい、パソコンやスマホの処理能力も早いほうがいい、電波の情報伝達速度も早いほうがいい。

家を建てるのも早いほうがいい、目的地に到達するのも早いほうがいい。

最近ではネットで買った商品が翌日に届くことも多くなった。

高速でカットしてくれる床屋が流行ったりしたし、今となっては古典的だけど「ファストフード」というのも流行った。

ピザを注文したら「30分以内に届かなければ無料」なんていう店もあった。

UbetEatsで出前を注文したら、配達員がいまどこにいるかMapで確認できるようにもなった。

スポーツでもそうで、基本的には「遅いほうが良いスポーツ」というのはあまりない。

ほぼすべての競技で「高速」が勝利のポイントになっている。

相手より速く、この記録よりも速く、もっと動きを速く。

 

早く早く早く早く早く早く早く早く。

そして、

速く速く速く速く速く速く速く速く。

 

うむ。

ここまで偏執的に「はやさ」を求める社会を、どのように表現しようか。

気がついたのですが、まことにまったく、この状況に適切な言い回しがあるのですよね。

 

 

 

 

あたまおかしいんかワレ

 

 

 

 

異論は認めぬ。

一切、認めぬ。

これははっきりいって、あたまがおかしいのでありますね。

 

いやまあ、たとえば医療現場とか、警察とか防犯とか、そういうところでは「迅速」というのはとても大事だとは思う。

患者が血を吐いてぶっ倒れたというのに、

 

「ふぁあ。

まあ、ゆっくり・・・・・・・いきましょうか。

ね。

ふぁあ。

うふふ ♪

ええと・・・・・・・なんだっけ・・・・・・・

まぁそのう・・・・・・・・・

大丈夫ですかあ?」

 

では、非常に問題があると言わざるをえない。

とはいうものの、ふだんの生活で病的に急ぐというのも、これはこれで非常に問題があるような気がする。

 

歩いていけば半日はかかるようなところに、びゅんびゅん電車や電やバイクを飛ばしていって仕事をする。

本来なら3年はかかるであろう旅程も、24時間で行けてしまう。

そんなことが積み重なって、世界じゅうを人々が高速で動き回るようになった。

そしたら風邪のウィルスも、高速で世界じゅうを飛び回るようになってしまった。

 

「高速」が標準化されてしまったことで、仕事のスピードも、量も変わった。

よく考えてみれば、一昔前のスーパーコンピューターに匹敵するような処理能力を持つ「スマホ」をみんな携帯しているというのに、なぜ仕事がラクにならないんだろう。

なぜこんなに有能なデバイスがあるのに、過労死が出るのだろう。

これはまったく「豚に真珠」ともいえるんだけど、じつはIT技術を使いこなせていないというだけではなくて、世の中が高速化してしまったことでやらなくちゃいけない仕事量が増え、その納期も早くなってしまったからだ。

そして残念なことに、非常に多くの人々がスーパーコンピューター、あるいはそれ以上の性能を持つ機器を持ち、みんながネットワークで結びついたというのに、特に世界は裕福にも平等にもならなかった。

 

ただ忙しく、せわしなく、あたふたすることが増えただけだった。

 

特に世界は裕福にならなかった

 

じゃあ、べつにやらんでも、よかったんとちがうんか?

っていう、すなおな疑問が残る。

 

技術の進歩を「革命」とかいって、興奮した猿のようにキャッキャキャッキャと飛び跳ねてはしゃいでいた。

「世界が劇的に変わる」と預言者ぶって偉そうにしていた。

でも結局は、「良いふうに変わった」ことと「むしろ悪いように変わった」ことが相殺してしまって、いろんなことがぐるんぐるん回って、結局コロナが残った。

これはPL的に、赤字なのだろうか、黒字なのだろうか。

 

寡黙で、

落ち着いて、

静謐で、

謙虚で、

無欲で、

親切で、

素直で、

忠実で、

誠実で、

思慮深い。

 

古来より、どこの国でも、どの宗教でも、人として「すばらしい」「目指すべき」とされてきた特質があった。

しかし「はやさ」が信仰される世の中において、人々はびゅんびゅん飛び回って、走りまわって、これらをぜえーんぶどこかに、落っことしてしまったのでした。

わざと「捨てた」人さえ、たくさんいた。

そうしないと「はやすぎる世界」に取り残されて、時代に取り残されて、損をするような気がしたから。

こわいから、みんな走った。

 

病気とおなじように、新型コロナ問題を解決するということは、世界を以前と同じ状態に戻すことではないと思う。

コロナ禍を経験したこの世界は、もう以前の世界ではなくなってしまったので。

だから「コロナ禍をつうじて、世界もすすむ」ことが必要なのだろうと思う。

病気を治すことが以前の状態に戻ることではなく、病を通じて進歩することだというのと、おなじかもしれませんね。

 

進化して、遅くなろう。

 

そんな進化も、あるような気がします。

はやくなることだけが、進化じゃない。

人類はもうじゅうぶん、走った。

これからは、ゆっくり歩くとか、もういっそ「とまって、やすむ」ことが必要なんじゃないのかなあ。

そうしないと、ずっと走り続けていたら、「はやく死ぬ」だけだから。

 

アフターコロナは、スロウな世界。

というか、スロウにならなければ、コロナはきっと、終わらない。

 

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