スポーツなんて、もったいない。

ぼくは忽然と悟ったのである。

頓悟したのである。

「ウィンドウ・ショッピングのすごさ」

ぼくは「あるイメージ」に目潰しを食らっていて、本当はものすごいことに気づいていなかった。

 

ネットでなんでも買えるようになってからは、ウィンドウ・ショッピングというのは下火になったかもしれない。

Amazonや楽天がなかったころ、世の女性達はよくウィンドウ・ショッピングをやっていたものだ。

ぼくも若いころ、彼女に引っ張られてこれによく付き合わされた。

当時から、不可解であった。

なにか買うべきものがあって商店街や百貨店に行くのならわかる。

しかし彼女たちは、これといってとくに目的がなくとも、そういうところへ行くのである。

そして、もっとも驚嘆すべきのがその「時間」である。

15分とか30分とかではない。

1時間、2時間は当たり前。

場合によっては4時間、5時間といった長い時間、ひたすらに商店街などを歩き回るのである。

実際に、ぼくも合計5時間ほどのショッピングに付き合わされたことがある。

もちろん途中に何度も休憩を挟むが、脚がヘトヘトになった記憶がある。

 

歩数に換算してみた。

一般的にはウィンドウショッピングで1時間歩いた場合は「5000歩」とされている(日本家族計画協会調べ)。

しかし実際には、もっと歩いているかもしれない。

ぼくは毎日歩数をカウントしていて、1時間歩くとだいたい1万歩はいく。

しかし女性の場合は数値が違ってくるかもしれないし、ただひたすらにガシガシ歩く場合とは条件が違うので、もう少し少ないかもしれない。

しかしいずれにせよ、1時間歩くというのは相当の歩数になることは確かだ。

ウインドウ・ショッピングを2時間では、1万歩〜2万歩ということになる。

3時間では、1万5000〜3万歩。

5時間なら、2万5000歩〜5万歩ということになる。

最大で、5万歩である。

 

登山好きの人なら知っているひとも多いと思うが、田中陽希さんという登山の達人がいる。

彼の登山人生の中で「最も歩数が多かった」という記録が、「7万1000歩」だそうである。

日本百名山を踏破する登山アスリートの雄である彼でさえ、最大歩数が7万。

かたや、どこにでもいるとくにスポーツなどしていない女性でも、ウィンドウ・ショッピングで5万歩を歩く場合がある。

もちろん商店街には急峻な坂や崖などないし、危険もない。

だから総運動量としてはまったく比較にならないだろう。

しかし歩数としては引けをとらないというのと、一方はアスリートであるということを考慮すれば、これは同等の負荷、あるいはそれ以上と考えても良いのではないか。

すくなくとも、「りっぱな運動である」と考えて良いとは思う。

なお、フルマラソンの場合では歩数はおおむね「4〜5万歩」といわれる。

 

ぼくは若い頃柔道をしていたので体力には自信があった。

しかし彼女に付き合うウィンドウ・ショッピングは、かなり辛かったのを記憶している。

「興味がないから」だけではない。

単純に、肉体負荷としてキツかった。

2時間を超えてくると、足の裏が痛み、ふくらはぎが疲労してきて、目が充血してくる。

もちろん、ハアハアと息が上がることはない。

しかし地味に、じわじわと、疲労が蓄積してくるのである。

もしぼくに意地とか理性とかいうのがなかったら、

「ねぇーー、オンブー!!」

と、彼女にせがんでいたかもしれない。

もしくは、百貨店のフロアに突如寝っ転がり、

「ヤダーー! もう、オウチ帰るーーー!!」

とダダをこねていただろうと思う。

 

考えてみれば、スポーツというのは「短期決戦」のことが多い。

練習と言ってもせいぜい2時間程度である。

そしてさらに、よく使う筋肉は「速筋」群で、強大なパワーや早いスピードを意図して動くことが多い。

なのでどうしても速筋主体で動くクセのようなものがついていたりして、長時間の地味な負荷に耐えるのが苦手になったりする。

速筋というのは主にからだの外側の筋肉で、「短時間・高速・強力」がウリなのだそうだ。

瞬発的に爆発的なパワーを発揮するのは得意だが、持続性がなく、すぐに疲労をしてしまうらしい。

いっぽう「遅筋」といわれる主にインナーマッスルに属する筋肉群は、力はそれほど強くはなく、またスピードも遅いが「ほとんど疲れない」という特長がある。

 

長時間のウィンドウ・ショッピング。

毎日柔道で鍛えていたマッチョなぼくは、耐えられなかった。

しかし細身でなんのスポーツもしていない「ただの女子大生」である彼女にとっては楽勝であり、日常茶飯事である。

これはすなわち「遅筋の勝利」なのではないか。

 

「健康維持・運動不足解消」という名目で、この娑婆世界では多様な「エクササイズ」が提唱されるようになった。

中でも、スポーツ、走る、筋トレというのは、その代表的なものである。

しかしこれらのメソッドにおいては、決定的に欠落しているものがあると思う。

「遅筋群の強靭化」

結局はほとんどが速筋群を鍛錬するいわゆる「スポーツ」の延長線上にあって、「短時間・高速・強力」を助長している。

忙しい中で最大効果を、というような、現代的要請があるのも理由のひとつかもれない。

あと「速筋はカッコイイ」というのもある。

見た目が引き締まったり、攻撃性能が高まったりするので、一種のファンタジックな憧れも醸成する。

 

オッサンになって、確実に感じる。

速筋よりも遅筋のほうが重要

もしぼくが「戦士」とかなら、そうではないかもしれない。

殴り合いの喧嘩が多発し、全力疾走で何かから逃亡しなければならないような不穏な世界に住んでいるのであれば速筋が重要になると思う。

しかしこの平和な世の中においては、遅筋が強いほうが何かと有利だ。

・デスクワークでも正しい姿勢を維持できる

・疲労を感じにくい

・家事が楽にできる

・低カロリーで生きていける

つまり「がんばらなくても、いきいきと生きていける」のである。

 

ウィンドウ・ショッピングをナメてはいかんなあと思った。

「運動といえば、スポーツ」

そんな「イメージ」によって、ぼくは目を曇らせてしまっていたのである。

鎧のような筋肉でムッキムキ、重たいものをラクラク抱えあげ、走るのも早いけれども、「たった4時間さえも歩けない」というのは、果たしてどうなのだろうか。

いっぽう、ただのふつうの中肉中背、とくにチカラが強いわけでも足が速いわけでもない、ふつうの女性でも「毎日でも4時間歩ける」ひとがいる。

そして、そんな人は「ものすごくたくさん」いる。

果たして、どっちが「強い」のか。

 

まあ、答えはない。

でもおそらく言えるのは「毎日でも4時間歩ける人」のほうが、生命力は強いだろうということだ。

そういえば、スポーツマンに長生きのひとはすくない。

意外と病気に弱かったりもする。

 

ぼくはもう、おじさんである。

「見た目の強さ」よりも「いきものとしての強さ」を、目指していこうと思う。

「見た目のかっこよさ」よりも「中身のかっこよさ」を目指すように。

スポーツなんて、今のぼくには、もったいないような気がしてきた。

あんな派手で贅沢なことをするまえに、

「何時間でも立てる」

「何時間でも歩ける」

というような、地味な強さ、わかりにくい強さ、ふしぎな強さを身につけていこうと思う。

遅筋には、一種の「魔術的強さ」を感じる。

おそらくは「奥に秘められた力」だからだと思う。

 

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