HYGGE

「LYKKE」に引き続き、この本もなかなか良かった。

ヒュッゲ 365日「シンプルな幸せ」のつくり方 (単行本)

 

「HYGGE(ヒュッゲ)」というのは日本語に訳すのは難しいようだけれども、あえて訳すなら「居心地がいい」「癒やし」「ほっとする」みたいなことのようである。

「ほっこり」に近いとする人もいるようだけれども、京都在住の友人が「『ほっこり』っていうのは『ものすごく疲れた』という意味だから、最近この言葉を癒やしっぽい感じで使っているのには非常に違和感を感じる」と言っていたので、個人的にはこの説には賛同しないでおく。

とにかく、ひじょうに雑にいえば「いい感じ」っていうことなんだろうと思う。

 

この本ではヒュッゲなひとときを持つことをすすめていて、具体的な方法まで書かれている。

お菓子や料理のレシピまで載っているので、これはノウハウ本と言って良いのかもしれない。

とくに夜はソウロクを照明に使うことをすすめている。

 

ぼくは一時期ひどいパニック障害持ちだったので、「ヒュッゲ」の重要性を強く認める。

良い・悪いに関わらず、とにかく神経が興奮状態にあるとパニック発作は出やすくなるのである。

ものすごく嬉しいことがあっても、コーフンしたら発作が出る。

パニック持ちの人に最も必要なのは「おだやかな時間」「ほっとする空間」であると思っている。

 

そこでヒュッゲということは、これは「禅」と言い換えても良いかもしれないと思った。

究極のヒュッゲは、禅定三昧になるのかもしれない。

この本には、「ヒュッゲのルール10か条」が書かれている。

・雰囲気

・「いま」「ここ」

・お楽しみ

・公平、平等

・感謝

・調和

・気楽さ

・平和

・一体感

・安らぎ

「お楽しみ」という部分はちょっと違うかもしれないが、それ以外はすべて座禅でも言われることである。

ヒュッゲの場合は家族や親しい人などを相手に定義するが、禅の相手は「宇宙」。

ヒュッゲの機能を極限まで拡張すると禅になるような気がした。

なので日本の茶道や華道もヒュッゲの一種になるのかもしれない。

 

この本を読んで反省したというか、じぶんに決定的に欠けていたことに気がついたりもした。

それは「心地よさを楽しむ」という姿勢である。

ぼくにはこれが、決定的に欠けているかもしれない。

よい環境を構築しようといろいろ行うのだが、気がつけばいつのまにか手段が目的に変化してしまっている。

庭をキレイにしたり、部屋を掃除したりレイアウトや照明を改善したりするのだけれども、そうやって完成した空間じたいには、いがいと関心がなかったりする。

変化させるプロセスには執心するものの、結果には実はあまり興味がなく、肝心の「そこでくつろぐ」ということをあまりしないのだ。

「ヨシ、完成した!」という一瞬の達成感を得たら、即座に「つぎは、どこを改善しようか」と目を見張っている。

つまり環境構築の努力そのものが目的になってしまって、くつろぐという本来の目的を喪失してしまうのであった。

 

だから、ぼくにとってはそれぞれのノウハウなどは、あまり意味がない。

この本に書かれている料理やお菓子のレシピも良いのだが、仮にそれを実行したとして、どうせぼくは「どのように実行すればそのタスクを最も高速かつ美しく行えるか」などということをずっと考えてしまうのである。

出来上がったお菓子を一見したら、それで完結してしまうだろう。

出来上がった料理を楽しむことよりも、制作の段取りのほうに関心がいってしまうのだ。

「ヒュッゲ」を実行するためには、枝葉末節のノウハウよりも、ぼく自身の「こころ」をまず変更せねばならないような気がする。

 

ヒュッゲを楽しむために必要なことは結局、

 

「捨てる」

「手放す」

「今に集中する」

 

ということなのかもしれない。

気にかかっている仕事のこととか、妙なこだわりとか、完成を急ぐ気持ちとか、まずそういうのを全部捨ててしまわないといけない。

そして、いま、ここの時空間に集中し、過去未来は捨ててしまわないといけない。

 

だから思ったのである。

「つまり、禅じゃねえか」

ということは、ぼくはいままでどおりまずは禅定によって心を統合してから、そのあとにヒュッゲに挑まねばならぬということであろうか。

 

 

 

……んなわけあるか

 

いや、だから、そういうところだよね。

そういうふうにガッチガチの考えをしているから、ワケわかんなくなるんだ。

すぐに手段が目的に差し替わるんだな。

「楽しむためには、楽しめる精神を構築せねばならぬ」とかいうようなヤツは、結局なんにも楽しめないんだなあ。

こんがらがって硬直した精神そのままの状態で、一足飛びに「楽しむ」に参入するのである。

それが、楽しむということである。

手続き型のやろうは、なにをやっても楽しくない。

 

 

「居心地のいい空間」

そういえば、そういうことはあまり考えてこなかったように思う。

これからはヒュッゲ的なことにも、アンテナを張ってみよう。

「改善」よりも「楽しむ」ことが大事だな。

考えるより、感じることが先決だ。

健康のために生活改善ばかりしている人よりも、好きなものを食って好きに生きているひとほうが断然健康的である。

じぶんを変えようと思ったとき、ひとはすみやかに故障していくのであるね。

じぶんを変えるまえに、まずはいまを楽しめ。

 

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