あなたに食べられたい

菜食主義のひとたちは、肉食を嫌う。

そもそも動物性のものが体質に合わないという人もいるが、宗教や哲学に影響されてそうなる人も多い。

ヨガをやっている人には菜食主義が多いが、ヨガの発祥地インドでは菜食主義が珍しくないのと、流派によってはその教えで肉食を禁止していることもある。

仏教も肉食は禁止である。

いろいろあるが、共通しているのは「殺すのはよくない」ということが根本にあるような気がする。

 

ぼくは個人的に「魚釣り」があまり好きでない。

理由は単純で、かわいそうだからである。

漁師でもなく、腹が減って死にそうというわけでもないのに、ただ遊びで魚を取るというのが、どうにも残酷に思えてならない。

口の端に釣り針を引っ掛けて生き物を引き回すというのも、かなり可愛そうである。

魚には痛覚神経がないのでキャッチアンドリリースを行うのであれば釣りはそれほど残酷とはいえない、という人もいる。

しかし、どうだろうか。

もし仮に痛みがない、あるいはかなり軽かったとしても、「甚大な恐怖を与えた」という事実は変わらない。

一時的にせよ呼吸ができない領域に引っ張り出されているから、かなり苦しいだろうとも思われる。

ぼくは利害関係のない生物に危害を加えなければ暇な時間が潰せないというほど知能が低いわけではないので、やらない。

近所の池でカメを眺めているだけでもわりと楽しめるタイプである。

おおむね動物といわれるものは「食われたくない」と考えているように見える。

人間ももちろんそうだし、ウシやブダだって殺されて食われることは全力で拒否している。

 

しかし、そんなことを言いだしたら、植物だってそうなんじゃないのか?

という疑問も起こる。

植物だって生物だし、殺して食うという意味では、同じことなのではないか?

だから菜食と肉食には、根源的な違いなどないのではないか?

「いのちの循環」として当然のことなのだから、菜食だけを良しとするのは、ホリスティックな意味では間違えているのではないか?

などというような、まるで中学生みたいな青い屁理屈も出てくるというものである。

 

しかしぼくは、「食われるためのいきもの」は、確実に存在していると思う。

そのほとんどは、果実である。

とくに「バナナ」については、涙ぐましいほどに人間(もしくは類人猿)に気を使ってくれている。

彼らは、ヒト系のいきものに「食べてほしい」と願っているとしか思えないのである。

 

まず、その形状である。

長い円筒形をしているが、その直径はヒト系のいきものの口の大きさよりもすこしだけ細い。

だから口でかじり取るのに、ちょうどよい大きさなのである。

そして、非常に持ちやすい。

片手で縦に持つと、胴体がゆるやかにカーブして、ちょうど先端が口に入るような形状になっている。

口に向かって「食べてね」と、自ら曲がってくれるのである。

想像してみれば、もしバナナが完全な直線状であったら結構食べにくいかもしれない。

食うときに手首に若干のストレスがかかるであろう。

そして、とても柔らかい。

柔らかいと言ってもブドウのようにドロドロのような感じではなく、きちんと形状を保持している。

とても食べやすい硬さなのである。

大きさといい、形状としいい、硬度といい、ヒト系のいきものに完全対応しているように見える。

「食べてね」と言っているのではないか。

リンゴやナシなどはちょうど手で持てる大きさだし、そういう意味では「食べてね」と言っているように思えなくもない。

しかし実際には、わりとでかい口を開けなければかじることができない。

それに、けっこう硬い。

 

栄養価の高さも特筆に値する。

くだものの多くが、水分やミネラルばかりでそれほど栄養価がないのに対して、バナナは化け物級である。

ひじょうに腹持ちが良い。

類人猿以降の生物の「脳」にとってとても重要な糖分が豊富で、さまざまな栄養も含んでいる。

そしてこの糖が、人間の腎臓や膵臓に負担をかけにくい糖なのである。

非常に甘いのにGI値はそれほど高くないので、糖尿病のリスクが低い。

栄養価は高いのに、カロリーは適正なのである。

 

パッケージ性も見逃せない。

他の果物は手だけで皮を剥くのがけっこうたいへんなことも多い。

多くは刃物が必要になってくる。

とくに栗はイガイガなどを突出させて「どんなことがあろうとも、絶対に食わないでくれ!」と絶叫しているように見える。

その点、バナナは「ワンタッチ」である。

はっきりいって、店舗で売られているどの食材のパッケージよりもよくできている。

サキッチョを軽く折ればするするっと、まるで自ら着物を脱ぐかのように、いっさいのストレスなく剥けてくれるのである。

「剥き残し」などありえなく、どんなに不器用な人でも完全に剥くことが可能である。

しかし、では脆弱なパッケージかというと、そうではない。

結構分厚く、頑丈でもあるから、携帯性にもすぐれている。

リュックサックの中に乱雑に放り込んでいても、けっこう保つ。

そしてその皮は、ひじょうにエコロジーでもある。

土に放置すれば、かなりの短期間で自動的に無害に土に還っていくのである。

 

ぼくは個人的にもっとも感動したのは、バナナの木の「身長」である。

多くの種は、成体でおよそ1.5メートル前後なのだそうだ。

そして、その木の先端近くにバナナはまとまって「なる」。

まるで、人間の身長に合わせているかのような高さ。

ヤシの木のように危険を犯して登らなくても、普通に立ったままで、楽に収穫できる高さなのである。

この「1.5メートル」というのが、ニクイ。

多くの人間の顔の位置に該当し、かがんだり、腕を上げたりしなくても、まったく自然の状態のまま収穫可能なのである。

バナナはまだ食べられない状態では緑色をしていて、森林内では目立たない。

しかしひとたび食える状態になったらビビッドな黄色になって、目立ってくれるのである。

そして、馥郁たる香りを放つようになる。

そしてその黄色と香りが、地上から「1.5メートル」の高さで活動しているのである。

これはもう、人間の目と鼻に入るために、そういうふうに設計してくれたのではないかとさえ疑ってしまう。

 

そういったバナナの甲斐甲斐しさに比べれば、ほかの果物はあまり「人間に食ってほしい」ようには見えない。

ブドウあたりはその成育形態からして、わりとバナナに近い位相にあるような気もする。

しかし多くの果物は、人間ではなく、昆虫や鳥類、その他げっ歯類を対象にしているように見える。

たとえばスイカは森林の中でカモフラージュ柄の服を着て潜んでいる。

カモフラ柄を着ているということは、たぶん食ってほしくないのである。

人間の目には、見つかりたくないのである。

そして、その大きさは常軌を逸している。

バカなのではないかと思ってしまうほど大きく、重いのである。

そして、皮が硬い。

それこそ棍棒で叩き割らないと食えない。

イチゴなどは、大きさもちょうどよい感じではあるが、じつはその花茎にはトゲがある。

トゲがあるということは、「手を出すな」と言っているのではないか。

マンゴーは、ちょっと変人である。

まったく目立たない、茶色なのかグリーンなのかよくわからない微妙な色で、ふわっふわの短い毛をまとったりして、なんだか気持ちが悪い。

果物というよりは、なんらかの動物のような風体である。

あれも基本的には目立ちたくない、食われたくないという意思表示をしているような気がする。

パイナップルは、見た目はほとんど「鬼」である。あれを果物だと気がついた人は天才ではないか。

まるでワニのようなゴツゴツの皮と、怒ったようなトゲトゲの葉を持っていて、これも「近づくな」と言っているようにも見える。

バナナに比べれば、かなり拒絶が強いように見えるのである。

必ずしも果物だからといって人間に「食べてね」と言っているわけではないのかもしれない。

 

バナナは、言っている。

そう言っているとしか、思えない。

「あなたに食べてほしい」

ほかにも、そんな生物はいるのだろうか。

すくなくとも動物にはいっさい、いないのではないか。

どんな動物でも、食われそうになったときには必死で抵抗し、必死で逃げるからである。

 

「食べてね」と言っているいきものだけを、食って生きていくいことはできるのだろうか。

バナナ、ぶどう、オリーブ、梅、柑橘類、トマトあたりは、あるていど人間をターゲットにしているように見える。

野菜では、ナス、きゅうり、ぐらいだろうか。

いや、ナスやきゅうりにもトゲがあるので、彼らも本音としては、人間には食ってほしくないのかもしれないなあ。

ニンジンやタマネギ、ダイコン、イモなどの根菜類も、地中深くに潜っているということは、すくなくとも「食べてねアピール」はしていないのではないか。

米や麦、豆は一見人間向きのようにも見えるが、あれはじつは「鳥類」をメインターゲットにしているような気もする。

大きさからして、鳥類のくちばしにちょうどよいからである。

人間が食うにはちょっと果実が小さすぎるから、大量に必要になってしまう。

バナナ1ふさぶんの米をとろうと思ったら、けっこうな量が必要だ。

世の中には「フルタリアン」という、果物だけをたべる菜食主義者がいると聞く。

もしかしたら、このような見地からそうなったのだろうか。

しかしトゲの有無、可視性、生育範囲なんかも鑑みたら、「たべてね」と積極的いっている果物は、かなり少なくなるような気がする。

フルタリアンのひとたちは、そのへん、どんなふうに考えるのだろう。

 

まあ、おれはなんでも食うけど。

 

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