エロの資格

先日、今後の人生の指標としてエロゲーでエロくなる方法を実践してみたのであるが、結論から言えば失敗に終わった。

このことについてエロゲーによるエロ化を推薦してくれた「エロい親友」とまた話す機会を得た。

むろん彼のことを責めるつもりで連絡をとったわけではなく、すなおに例の施策が失敗に終わった旨を報告するとともに、エロゲー以外の方法でエロくなる方法はないかと相談してみたのであった。

しばらく話していると、ふと彼は予想外のことを言うのであった。

「お前には、エロくなる素養が欠けているのかもしれない」

というのである。

 

「エロ偏差値」が高い彼とは高校時代からの親友であるが、ぼくはどうやら高校生当時から少しおかしかったという。

エロ偏差値の低いひとにありがちなのは、女性に対して奥手であるとか距離をとりがちであるとかなのだが、ぼくの場合は少し違っていたそうなのだ。

奥手というよりは恋愛に関してひじょうに鈍く、またよくわからない厳格さを持っていたようなのである。

その事例として彼はある漫画を例にとって解説をしてくれた。

それは「五等分の花嫁」という作品で、その主人公とぼくがすこし似ているというのである。

この漫画は学業優秀な男子高校生の主人公が同級生の5つ子の姉妹の家庭教師をすることになり、そこから複雑な恋愛模様が繰り広げられるという、いわゆるハーレム系ラブコメである。

そのアニメ版をAmazonPrimeで観てみたのだが、なるほどと思った。

上杉風太郎というこの主人公は非常に鈍感かつ厳格で、5つ子の姉妹をまったく異性として見ておらず、ただ成績アップだけを企図する人格破綻スパルタ系人物である。

「おまえは、彼とすこし似ているところがある」

エロい友人はそんなことを言うのであった。

言われてみれば「目つきと態度」が、たしかに似ているのかもしれない。

そして何より、経歴が似ているのである。

 

じつはぼくも高校時代に、女子高校生の家庭教師をしていたのであった。

男子高校生が女子高校生の家庭教師をするなどフィクションの極致だと思われがちだが、事実とは漫画よりも奇なり、実在する話なのである。

そもそも通っている学校が違うから同級生でもなかったし5つ子でもなかったが、ぼくは高校時代に1つ下の学年の女子の家庭教師をしていたことがある。

知人の親戚筋にあたる娘さんでまったく勉強ができず、当時わりと成績が良かったぼくに家庭教師の依頼があった。

依頼内容は大学受験のような専門的なことではなく、「とにかく留年しないようにしてほしい」ということだった。

今考えてみれば女子高校生に男子高校生の家庭教師をつけるというのはかなり異常な事態なのかもしれないが、当時はそのへん「ゆるかった」のかもしれない。

ぼくは毎週電車に乗って彼女の家に家庭教師をしにいっていた。

むろん平日は部活もあって無理なので、土日どちらかの日中に通っていた。

 

最初に会ったとき、彼女は非常に態度が悪かった。

いわゆるヤンキーということではないし髪を染めているわけでもないのだがどことなく派手な感じがあり、なのに妙に暗い表情をした子で、ぼくとは一切目を合わせようとしない。

「勉強なんかせえへん、イヤや!」

といってそっぽを向き、全然会話をしようとしないのである。これにはたいへん困った。

そのうちなんとか状況を聞き出して、ぼくは愕然としたのであった。

英語のアルファベットが全部言えないのである。

「英語なんか使わへんもん! ABCDぐらいしか使わへんもん!」

などと、無茶苦茶なことをいうのである。

そして漢字も小学生レベルのものさえも覚えていないものがあるようだった。

誰かに勉強を教えるということについて、ぼくはぼくなりに当然緊張をしていて前日に予習などもしていたのだが、きゅうに肩のちからが抜けた。

高校生にもなってアルファベットを覚えていないというのは、これはもう勉強がどうこう、教科書がどうこう、ノートのとり方がどうこう、公式がどうこうの話ではない。

そこでぼくは、決然と言った。

「うん。勉強はせんでええわ。」

あきらめたのである。

こりゃあ無理だ。もはや、ぼくの手に負えるレベルではない。

そこからは勉強とは一切関係のない、テレビとか漫画とか、学校の話ばかりをして時間を潰していくことにした。

申し訳ないが、あとで親御さんに電話して、断ることにしよう。

皮肉なもので、勉強をしないとなるとその子は急にいっぱいしゃべるようになって、よく笑うのだった。

彼女は笑うとすこし猫っぽい顔をしていて、初見とは違い明るい表情でそこそこ可愛らしい女の子だったが、それどころではない。

とにかくどんどん時間をつぶすことと、親御さんにどう言ってこの家庭教師の仕事を断るかということを同時並行で冷や汗を垂らしながら考えていたのである。

 

翌日、おそるおそる彼女のお母さんに電話をした。

当然断るためである。

しかし、意外なことをそのお母さんが言うのだった。

「昨日はありがとうね! あんた、何を言うたん? あの子いま、勉強してるんよ!」

はぁ?

あれ・・が?

んなわけあるか。

「来週までに、何か覚えるとかいって頑張ってるから、またよろしくね!」

そう言われると元来気が弱いせいで断りそびれてしまい、しぶしぶ翌週も行くことにした。

 

駅に到着して改札を出ると、驚いたことに、そこにその女の子が待っていた。

「家までけっこうあるから、自転車持ってきてあげたで」

つまり「お迎え」に来たわけである。

しかし自転車は1台しかなく、どうするんだと聞けば、

「あんたが漕いで、うちが後ろに乗るんやんか」

ぼくは「それやったら余計しんどいやんけ!」とクレームをつけたが「あんた運動部なんやろ? 女一人載せられへんのかいな」とニベもない。やはりコイツはアホなのだと確信した。

結局この「行事」は毎週繰り返されることになり、ぼくは毎回余計な体力を消耗することになった。

走行中に彼女いわく、先日電話の裏で勉強していたのはアルファベットの暗記だったそうだ。

全く記憶になかったのだが、ぼくは前回こんなことを言ったそうである。

「おまえトクやで。アルファベット覚えたら成績なんかすぐ上がるわ。おまえはアホなんやから。」

つまりもともと賢いやつが勉強してもあまり伸びないが、普段勉強してないのが頑張ったら伸び率がすごい、というような論理だったようである。

まあ確かに一理あるといえなくもないが、相当ひどい屁理屈である。この発言を当の本人がまったく覚えていなかったのは、それだけ上の空だったのだろう。

「あんたにアホ言われてムカついてんけどな、なんか、やってみようかなーって」

なんと彼女は完璧にアルファベットを覚えていた。

どうやらマジもののアホではなかったようである。

その後「小学生用の」漢字と算数のドリルをやらせていったところ、本当に成績が伸びていって面白かった。

小テストなどでも各科目が6点とか8点とかだったのに、30点とか40点ぐらいはとるようになったのである。

決して良い成績ではないが、とりあえず落第は免れそうだということで、彼女の母親にもすいぶん感謝された。

しかしこの短期間でこれだけ成績が伸びたのは、ぼくの教え方が良かったわけではなく、そもそも彼女の頭が良かったのかもしれない。

基本的なことを覚えていなかったせいで、問題の解読ができていなかっただけなのだろう。

 

成績は伸びたが、そのあたりからすこし妙なことが起こるようになった。

家庭教師の日には、うれしそうに料理やお菓子を作って待っていたりするかと思えば、その後始終むっとした態度をとっていたり、きゅうに悲しそうな顔をすることもあった。

いったい何なんだ、何がどうしたんだと聞いても「なんもないよ」「知らん」の一点張りで、かなり辟易するのである。

そんなある日、彼女のふくらはぎに黒いアザのようなものを発見した。

「なんや怪我したん?」

と聞くと、しばらくの沈黙のあと、彼女はぽろぽろと涙を流しはじめたのである。

泣いているのだが、すこし笑っているようにも見えて、非常に不可解である。

そしてまた

「なんもない」

と言う。

便利な言葉! なんもない! あるやろうが! なんやねん!

と言いたいのをぐっと我慢してやり過ごしていたのだが、その翌日あたりに電話がかかってきた。

 

「もう家庭教師には来ていただかなくて結構です」

 

それはあのお母さんの声ではなく、聞いたことがない大人の男性の声だった。

それも、けっこう怒っているような声だった。

涙を流している彼女の猫のような顔をなぜか思い出したりして、なんかヘンだなあと思った。

しかし高校生のぼくは「大人」から「もう来るな」と言われたら、それ以上なにも言えない。

ぼくの家庭教師のアルバイトは、そこで終わった。

彼女の家はいわゆる母子家庭だった。

おそらくお母さんは働きに出ていたのだろう、家庭教師の日はいつも彼女だけが家にいた。

すいぶん後になってからだが、教え子だったあの子は義理の父から虐待を受けていたという話を聞いたことがある。

もしかしたら、あの電話の男性が「義理の父」だったのだろうか。

彼女のお母さんが再婚をして、あたらしいお父さんに「高校生が高校生に家庭教師をしてもらうなんて、おかしいだろ!」という話になったのかもしれない。

 

「エロい親友」は、当然この話をリアルタイムで知っている。

そこで、こう言うのである。

一連の彼女の言動は、恋愛感情に起因していたのではなかったかと。

そうでなければ毎回自転車で迎えに来て二人乗りを強要したり、手料理などを作って待っていたりはしないのではないか。

楽しそうなのに、きゅうに悲しそうな顔をしたり、怒ったような態度をとったり、涙を流したりしたのも、そういうことだったのではないか。

その子がいったい、どういう気持ちでそんな言動を行っていたのか、すこしでも考えたことがあるか。

 

そう言われると、はっとした。

もし、そうならば —— あの一連の彼女の不可解な言動にも、説明がつくのかもしれない。

が、正直なところ、よくわからない。確認していないので、すべてが憶測だからである。

「こうも考えられる。義父に虐待を受けていたから、ぼくに助けを求めていた。それに気が付かなかったから彼女は ——」

そう言ったら、エロい親友はため息をつくのであった。

「つまりお前の、そういうところだ」

 

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