急に冷え性が治ったのは

もう、ほんとにまったく、わけがわからないのでありますね。
ここにきて、急に冷え性が治ってしまったのでした。

ぼくは男のくせに冷え性で、夏でも足がキンキンに冷えたりします。
冷え性になる理由としては、本やネットなどでは、だいたい以下のようなことが言われます。

・運動不足。
・更年期障害(加齢による自律神経の不安定)。
・男性ホルモンの分泌量の低下。
・筋力または筋肉量の低下。
・代謝の低下。
・栄養バランスの不具合。
・ストレス。
・血行不良。
・内臓の冷え。
・不規則な生活。

などなど。
これらのことについて改善しようと、ぼくはずっと全方向的に努力をしてきたのです。
4年間ぐらい。
毎日ちゃんと歩き、走り、筋トレをし、とにかく運動をし、ヨガも毎日して、早寝早起きをし、たまに瞑想もして、食事の栄養バランスに注意をし、姿勢の矯正もして、酒もタバコも極端に減らし、風呂でもしっかりあたたまるようにして、とにかく、思いつくことはなんでもやってきました。
でもね、ぜーんぜん、良くならないの。
なにをしたって、よくならない。
むしろ、努力すればするほど、冷え性は悪化しているような感じさえしていました。
夏は夏で暑いのが苦手なくせに、冬は冬で、寒気がする。

いったい、どうしたんだ?
あれだけのことをずっとして、全然治らなかったくせに、きゅうに冷えなくなった。
あれですね、冷え性でないと、多少寒い日でも、そんなに寒くないのね。
いや、まあ、寒いことはもちろん寒いんだけど、あの「おぞましい寒さ」は感じない。
気温15度でさえ、ぼくは異様な寒さを感じることがありました。

さて、最近のぼくは、なにをしてきただろう。
いえ・・・・・・とくに変わったことは、なにもしていないのです。
運動もできる範囲で相変わらずやっていますし、ヨガもほぼ毎日やっています。
上記に書いたことで、べつに「やめた」ことはなにひとつありません。
ほんの2日ほど前から、あまり足が冷えなくなったのでした。
寒い日はあったんですけどね。

4年間の努力の成果が、いまになってやっと「出た」のでしょうか?
うーん、どうだかなあー。
そんなに、時間かかるかなあ? 遅くね?

ひとつだけ、「もしかして」と思うところがあります。
先月あたりから、ものすごく掃除をするようになったのです。
ヒマさえあれば掃除をし、土日は床の拭き掃除までしています。
掃除を毎日するようになって、あきらかに変わったことがあります。
それは、
「呼吸が楽になった」
そうなのです。
ぼくはうっかり忘れていたのですが、ハウスダストアレルギーだったのでした。
家のなかのホコリをできる限り除去してから、かくだんにイキが楽になりました。
それまで、なんだか息苦しいので「とうとうあのIT職人の宿痾ともいわれる【気胸】になってしまったのではないか」とまで疑いました。
なんのことなない。
ただホコリのアレルギーが出ていただけだったようなのです。
それほど汚くしているわけではないのですが、いかんせん「アレルギー」ですから、ほんの少しのホコリでも、すこし気管支がおかしくなるようなのです。

どうもこのあたりから、あちこち調子が良くなっていったのは確かです。
いつも出血していた歯茎も血が止まりましたし、意味がわからないのですが、痔も治った。
異様にのぼせるような感じも減ってきましたし、イミフにイライラすることや不安になることも格段に減りました。
妙に完璧主義で神経質だったのが、わりと鷹揚でのんびりするようになりました。
ひとつのことに拘泥して考え込むことが減り、わりとすんなりと気分転換ができるようにもなりました。
お酒を飲むと、少量でも翌日非常に気分が悪くなっていたのが、だんだん全く残らないようになってきました。

「冷え性は、炎症だったのではないか」

その可能性が、否定できないような気がするのです。
からだのあちこちで炎症を起こしていたものだから、炎症部位に優先的に血を持っていかれてしまって、手足の先には血が回ってこなかった。
気管支やのど・はなの粘膜に血液が集中していたので、始終のぼせていたような感じがあった。
炎症のせいで神経が過敏になり、細かいことに過敏に反応し、いったん気になると意識にロックがかかるようになってしまっていた。
・・・・・・そんな気が、ちょっとしてしまうのでありますね。

掃除をするようになってからは、むかしみたいに、ばかみたいに
「毎日運動するのだーーっ! のだのだーっ! サボったら、シバーく! 張り倒す! 自分を! だからぜったいのぜったいのぜったいに、決めたことは、やりと遂げるのだーっ!!!」
・・・・・・なーんてことは、一切考えなくなりました。
「運動したいと思ったら、思いっきり運動しよう。でも、あまりしたくないときは無理しないで、てきとうにストレッチでもしていよう」
「歩くとか、走るとか、ヨガとか、べつに決めなくていーじゃん。そのときにしたいと思う、できる運動をすれば、それでいーじゃん」
「『いちばんいい方法』でなくても、いいよなあ。 5番目にいい方法でも、じゅうぶんいい方法だもの」
みたいな感じに、変化していきました。
「運動をする」という「軸」は変わらないのですが、「方法論」にはあまりこだわらなくなったのです。
どうしても気がのらないときは、立ってただ腕をぶらぶらするだけ、あるいはアキレス腱をただ伸ばすだけ、みたいなこともするようになりました。
「今日サボったから怠惰」じゃなく「2日おきでも3日おきでも、やっていれば怠惰ではない」とも思うようになりました。
ひとことでえば「運動という呪縛」から開放された、という感じですかね。
「運動をしないとダメな気がする」
こんなふうに思っていたのも、じつは「炎症」のひとつのあらわれだったのでは、とも思えます。
とにかく、こだわってしまうのですよ。
性格の問題じゃなくて、マジで吸っている空気の問題だったのかも。

ま、わかりませんけどね。
4年間の不断の努力が、いまになって成果を表したという可能性も、もちろん否定できません。
でもね、「たまにサボる」ようになってから冷え性が治ったということは、「不断の努力」というのはもしかしたら「いちばんダメなこと」なのかもしれないな、とも思ったりもします。
なにかひとつのことだけを集中的に継続するということは、「ほかのことは、なんにもできていない」ということでもある。
いろんな雑用も含めて「生活」だし、優先順位の低いこともあわせて、人生だ。
「治すこと」に集中していても、掃除をしていなかったら、それは生活をしていないのと同じですものね。
掃除をすることで、すこし余裕が生まれたのかもしれません。
こころに。

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