勇者は、パニック発作という武器をてにいれた。

ものまね芸人のコロッケさんは、片耳が難聴なんだそうですね。

コロッケさん「難聴という武器を手に入れた」。障がいを強みに変えた、ものまね芸人の生き方

歌手のものまねって、聴力がすごく大事だと思うんだけど……。

 

この「武器をてにいれた」という言い方、すてきですね。

武器というと、ふつうは体力とか頭脳とか美貌とか根性とか才能とか、メリット的なことを指しますが、病気を「武器」だとは、目からウロコであります。

しかしコロッケさんは「難聴は神様からの贈り物だ」とさえ思っているそうです。

もしそんな障害がなかったら、ここまで芸を磨くことはできなかっただろう、と。

片耳が聴こえないから、あの独特の芸風が生まれたんでしょうか。

 

この話をきいて、なんかジーンとくるいっぽうで、

「そういえば、おれもそうなのかもしれないぞ」

とも思いました。

 

ぼくは36歳のときにパニック障害になって10年以上経ちますが、良くなったり悪くなったりで、完全スッキリということはありません。

ときどき外出ができなくなったりもして、ひじょうに難渋しています。

なんてことだ! どうしておれが、こんな目に!

何が悪いのだろう、なにを、どうすれば、何を反省すれば、治るのだろうか。

そんなことをずっと考えながら生きてきました。

 

困ったことは多いです。

しかしながら、じつはこのパニック障害や外出恐怖症は、確かにぼくの「武器」になっていったところもあります。

外出ができない、イコール会社勤めはもちろん、自営でも営業に行くことができない、ということです。

「できないことがあるから、人間は工夫するし、努力する」

外出が無理ならば、オンラインで営業ができるようにしよう。

インターネットをがっつり使って、自動化できることころは、していこう。

足に頼らずに、プログラムに頼ろう。

自分で営業をするのではなく、営業が得意な人と組もう。

そんな思考転換をしたおかげで、変な話、元気な頃よりも売上は格段に増えたのでした。

加えて不要な外出は一切しないおかげで無駄遣いも減りました。

飲みに行かないから、肝臓も元気になりました。

家で仕事をするので、家族と一緒に過ごす時間が大幅に増えました。

お客さんを大事にするようになりました。

営業に行けないので、技術力とデザイン力と企画力を強化していく努力をするようになりました。

 

商売って、営業に行くことがすごく大事だと思うんだけど……。

コロッケさんと似てる。

肝心な部分が機能不全に陥ったからこそ、それをカバーするなにかが、自然と身についてくるのかもしれません。

 

病気の「わるい面」だけに注視すると、とてつもなく巨大で、強大で、憎たらしく、うっとおしい、悪魔のような敵に見えます。

しかしじつは、広い視野でとらえれば、これは武器になっていることもあるようです。

あるお医者さんが言っていましたが、ガンにかかった患者さんが治るかどうかは、だいたいわかるんだそうです。

治る人や、その家族は、こんなことを言うのだそうです。

「これは神様が休めって言ってるのかな」

この際だしっかり休んでやるか、みたいなことで、病室には笑いが絶えないのだそうです。

ぎゃくに治らないひとや経過が思わしくないひとは、

「どうして私が! なにも悪いことをしていないのに、まじめに生きてきたのに、ひどいじゃないか!」

というような恨みごとを言ったり怒ったり、沈み込んだりして、病室の雰囲気がくらい。

信仰心がどうとかじゃなく「良いふうに考えられるかどうか」「明るいかどうか」が、ポイントなんだそうです。

 

メンタルや神経の病気だって、たぶん同じことなんだろうなと思います。

かなり努力したけれど、いっこうに治らない。

それはもはや障害というよりは「武器」なのかもしれませんよね。

わるいところも、じぶんの一部であることには、まちがいがありません。

欠点を長所に変換できるかどうかは、じぶんしだい。

苦労を成長の肥やしに変換するか、愚痴、言い訳、泣きごとに変換するかも、じぶんしだい。

逃げたりごまかしたり隠したり治そうとしたりするだけじゃなくて、いっそ「使ってしまう」というのも、アリなのかもしれませんね。

 

勇者は、パニック発作という武器をてにいれた。

ぼうけんは、いまからはじまる。

 

 

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