ストレスも疲労も、自分ではわからない。

先日、かなり久しぶりにパニック発作が出まして、ビックリしました。

ビックリしたいっぽうで、やっぱりちょっと、残念です。

なんだ、いろいろ頑張ってきたけど、やっぱり治ってないんだなあ。

結局その後熱が出まして、今回はようするに、疲労から来た風邪だったようです。

なんだかんだで、疲れていたんですね。

春がきたのと、仕事が落ち着いているのと、最近いろんな心配事が解決していっているので、気が緩んでガクっときたんだと思います。

きゅうな動悸も、つまりはカラダちゃんが発熱しようとしていたようです。

 

さてそんなことで、

「もう、寝るっ!!!」

と決心し、この2日間はダラダラしまくりました。

基本的にゴロゴロして、ぼーっと映画みたり、あたまをあまり使わない本を読んだり。

2日間しっかり寝まくりましたら、治りましたよ。

もう熱も下がりましたし、発作の予兆も、へんな不安感、焦燥感、恐怖感もありません。

じゃっかん、まだダルいですけど。

「もしかしてまた、ずっとあの発作が続くのだろうか・・・」

そんな心配は、杞憂でした。

 

そこで、です。

「いろいろ頑張ってきたけど、やっぱり治ってないんだな」

ここのところを、もちっとしっかり検討したいのであります。

パニック障害というのは、なぜ起こるのかもよくわからないうえに、治ったと思ったらまたぶり返す、そんな特色があります。

 

なぜ、治らないのか?

思うに、これは病気の特色というよりは、その人の特色なのではないでしょうか?

だから、なかなか変化しないのではないでしょうか。

 

長年経験してわかってきたんですが、発作って、要するにざっくり言えば「疲労」だと思うんです。

何らかのストレスがあって、それが疲労になって、溜まっている。

問題は、原因になっているストレスも疲労も本人が自覚できていないということです。

なぜ、自覚できないか。

それは、その人の認知が主観重視だからということも関係しているのではないか、と思います。

 

・責任感が強い。

・まじめである。

・努力家である。

・常識がある。

・正義感が強い。

・義理堅い。

そんな人が、よくこの病気にかかるそうです。

上記の文字列を眺めていると、ある共通項のようなものを感じます。

自己の価値観を優先し、それに固執しがちである

じぶんが持っている価値観すなわち「主観」を、絶対的なものと感じている傾向があるのかもしれません。

 

疲れていても、じぶんの体調のことよりも、納期だとか、約束だとか、礼儀だとか、計画だとか、そういったことをつい守ろうとしてしまうのです。

この傾向には、円滑な社会生活を送るのには強大なメリットがあるいっぽうで、大いなる躓きがあります。

社会生活を送るごとに疲労していくという、圧倒的な欠点がある。

おそらく意識が「ルール」「あるべき姿」「社会的規範」「他者からの評価」「計画・予定」のほうに強く偏向していて、「したいこと」「本音」「事実」には、案外無頓着なところがあるのだと思います。

つまり妄想的で、理想主義、完璧主義の傾向がある。

 

「どんなことがあっても、1日に1万歩を歩こう」

そう決めたなら、ほんとうに、それをやってしまう。

いくら疲れていようが、イヤだろうが、途中で発作を起こそうが、ゲロを吐こうが、熱を出していようが、捻挫をしていようが、極端な話、たぶん親が死のうがそうしてしまう。

決めたことには、一切の例外を許さぬ。

万難を排し、張り倒し、自分も張り倒し、どのようなことがあっても、怒涛のごとく突き進むのである。

……という傾向が、ぼくにはある。

 

あたりまえだけど、これこそが「疲労」のいちばんの原因です。

ぼくは、この病気を治そうと、あれこれ試し、努力してきた。

体調が悪くても、それをすれば治ると信じて、辛くてもやってきた。10年間も。

決めたことを実行すれば、きっと良い結果につながる。

ぼくはそんな迷信を信じていて、「自分で決めたこと=主観」に、とてもこだわるのです。

つらいことがあっても、突き進む。ぜったいに折れない、やりぬく。

 

これはなんのことはない、意志が強いというよりは「洗脳」の最高の方法なのですよね。

強い苦痛を与え、短期間の開放を行う。これを、何度も何度も、繰り返す。

そうすれば、人はかんたんに洗脳できるのだそうです。

効率の良い洗脳方法を、無意識のうちに、自分自身に対して行っていたのです。

 

もう、こうなってくると、

自分のことは、自分で判断してはいけない。

 

人が決めたメジャーに、従ったほうがマシだ。

人は疲労すると、どうなるか。

たぶん全人類共通の、チェックシートがある。

 

ヒトはストレスを抱え、疲労すると、こうなる。

・イライラしたり感情的になる、精神的に不安定になる
・漠然とした不安感、気分が落ち込む、憂鬱になる
・注意力、集中力の低下、無気力になる
・新しいことに消極的になる
・偏頭痛、腹痛、胃もたれ、便秘、下痢
・肩こり、腰痛
・動悸、めまい
・手が震える
・生理不順
・倦怠感、疲れやすい、疲れがとれない
・寝つきが悪い、寝覚めが悪い、夜中に目を覚ます、朝起きることができない
・食欲不振
・すぐにぼんやりとしてしまう
・笑う回数が減る
・ネットニュースなどをだらだらと見続けてしまう
・遅刻や早退が増える
・ギャンブルやお酒に走る
・言動が乱暴になる
・喋り方など様々な行動が早くなる
・仕事でミスを多発する
・外出を面倒に感じてひきこもりがちになる

 

動悸がしたら「心臓病ではないか」、

めまいがしたら「脳の異常ではないか」と疑うまえに、

仕事で凡ミスをしたときに「私の注意力が足りない」と責めるまえに、

大事な約束をうっかり忘れてしまったとき、どうやって謝るかを考えるまえに、

やる気が起きないとき、気合を入れなおすまえに、

手足が冷える時に、自律神経の不調を疑うまえに、

 

まず、確認することがあります。

 

わたしって、疲れているのではないかしら

 

じぶんの状態の判断は、じぶんの主観や考え、じぶんで探した情報には、もう頼らないほうがいい。

疑うべきは体調ではなく、じぶんじしんの判断力だ。

疲れているものに、まともな判断など、できるものか。

上記のチェック項目で、あてはまることが多ければ、それはもうまず間違いなく「疲労」だ。

病院に行くのももちろんいいけど、まず、疲れを癒そう。

症状を取り除く努力をするまえに、疲れを癒やす努力を、先にやろう。

疲労を放置して「しなければならないこと」「良いと言われていること」「守らなければならないこと」を優先してきた結果が、パニック発作なんだと思う。

ひとは、疲れてさえいなければそうそう不安にはならないものですし、死ぬかもしれないだなんて、思わないものですよね。

「心身の異常」などではなく「異常なまでに疲れている」だけかも。

 

おかしいのは脳神経じゃなくて、行動だと思う。

疲労を知らずしらずのうちに無視してしまうという行動原理に、テコ入れをしよう。

ヘンだなと思ったら、まず機械的に、疲労のチェックをしよう。

 

寝たら、治る。

これはけっして迷信でも暴言でもないんですよね。

むしろ「この世の真理」とさえ言っても、過言ではないと思います。

疲れてさえいなければ、この世はとても、すばらしい。

 

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