【チベット旅行記】何をしたって、いつ死ぬかは分からない。

先日から読んでいる「チベット旅行記」が面白くてしかたがありません。

チベット旅行記(河口慧海)

 

著者の河口さんは明治時代の禅(黄檗宗)のお坊さんで、日本人としては初めてチベットのラサに入りチベットの僧にもなって、仏教を研究した方です。

当時チベットは厳格な鎖国状態でしたから、入国することさえ到底叶わない時代でした。

それをあの手この手で乗り越えて、なんとかチベット入りするストーリーは、冒険譚以外の何ものでもありません。

実話ですし、そのへんの小説なんかよりはよっぽど面白いです。

マジで、これ映画化してほしいなあと思います。

 

とにかく、気合が入っているのですよ。カッコイイ。

河口さんは32歳でチベット行きを志したのですが、すでに黄檗宗のそこそこエラいお坊さんで、檀家もけっこう抱えていたそうです。

なのでわざわざチベットなんかに行かずに、そのまま普通に暮らしていけば生活もできて、社会的地位も保証されていた。

だけどうどうしても、納得いかなかったんだそうです。

勉強熱心な方で、日頃からさまざな仏典を読んでいて、違和感を感じた。

「これ、翻訳間違ってるんじゃないのかなあ」

インドに行って原点を当たろうと思っても、すでにインドでは仏教は絶滅していて、古い原点はほとんどチベットにしかないのだそうです。

そこでチベットに行こうと思ったものの、当時は今みたいに飛行機もありませんし、ヒマラヤを超えるための装備もありはしません。

何よりも政治的にとてもややこしい状態で山賊も闊歩しており、行けば確実に捕捉されて殺される、そういう時代だったのだそうです。

 

そこを押して行くことを決心したのですが、当然、友人知人、檀家さんは必死で止めるわけです。

「やめておけ。行ったら絶対死ぬ。殺される。危険すぎる。」

しかし河口さんは、飄々としたものです。

安全な日本にいたって、明日死なないという保証はどこにもありませんよ。

確率論で言えば、日本にいたほうが安全なことは確かです。

しかしそれはあくまで、数字上のこと。

大震災で亡くなった方々も、確率的には安全なところに住んでいました。

じっさいに「死」が訪れる時には、確率論だの統計だのは、まったく意味をなさないということもまた確かです。

統計とはあくまで全体傾向を把握するもので、個別に起こった事象は、起こればそれが、100%ですからね。数字の意味はすっ飛ぶ。

パニック障害を発症する確率は10%でも、そうなってしまったら、もう確率に意味はない。

しかし、とはいうものの、ここまで断言できるというのは、すごいことですね。

 

命を賭してチベットへ行くとなれば、檀家さんがお布施を持って来てくれるのだそうです。

しかし河口さんは、その多くを断ったんだそうです。

「私にお布施をするというのなら、あなたがしている魚釣りの趣味をやめることを、私へのお布施にしてください。

そんな感じで、殺生や悪癖をやめることを私への布施にしてくれと、檀家さんのお布施を断り、お願いして回ったんだそうです。

よほど人徳の篤い方だったんでしょう、檀家さんはそれに従ったのだそうです。

のちに述懐しておられるのですが、

檀家に無用な殺生をやめてもらったおかげで、私は何度も九死に一生を得たのかもしれない。

何度も何度も死にかけるけれど、なぜかいつも、奇跡的に助かるのです。

これを「不殺生の功徳だ」とするあたり、河口さんは本物のお坊さんだったんだなあと、ほんとうに尊敬できます。

理屈じゃねんだもの。命賭けてるんだもの。

 

パニック障害を持っていると、とくに強く思うのですよね。

「死にたくない。」

そして危険なことや、発作を助長するようなことを、できるだけ避けるようになっていきます。

まあ、当然といえば当然ですよね。

しかし河口さんのおっしゃるとおりで、「死なない努力をしたところで、明日死なないとは限らない」。

これはたぶん、正しいことです。

恐怖とはなにか。

不安とはなにか。

河口さんの冒険譚を読んでいると、すこぶる疑問に感じるようになりました。

確かに、外出が怖いといって外出をしないというのは、安全ではある。

しかし私がいちばん恐れている「死」、これは、外出を控えたところで、その発生を食い止めるべきものではない。

まったくもって、完全に無関係である。

 

河口さんは、思うに、チベットへ行く前にすでに悟っておられたのかもしれませんね。

3年間に及ぶチベットでの修行後、河口さんは日本へ帰国し、なんとお坊さんをやめてしまうのです

僧という組織自体が、まやかしものだ。日本にも、中国にも、チベットにも、セイロンにも、世界じゅうのどこにも、本物の僧などいないし、ありえない。わたくしもまた、偽物の僧だった。

とことんまで突き詰めた先には「僧をやめる」という結論が待っていたのでした。

しかし何も仏教に幻滅してそれを捨てたということではなく、むしろ逆。

ながいながい歴史のなかで歪んできた仏教を、正当なものに戻そうという強い気持ちからのことだったようです。

その後河口さんは「在家(ウパーサカ)仏教」というの提言します。

(ぼくは個人的に思ったのだけれど、河口さんが本物のお坊さんだったから、ほかがぜんぶ偽物に見えたのではないかなあ。身命をかけ、死を恐れずに邁進する僧侶など、たしかに世界中にほとんどいないと思うのです)。

 

チベット行きを決意されたころの河口慧海さんの写真。

なかなかのイケメンですよね。

このアタマの大きさ……非常に大脳が発達した方だったのかもしれません。

ワイルド化していく、河口慧海さん。

 

そんなことはさておき、もうとにかく、すごいのです。

覚悟も、気合も、勇気も、情熱も。

こんなスゴいひとが、日本にいたのだなあ。

読んでいると、勇気がわいてきます。

なにをしょうもない、神経症ごときで、うだうだ足踏みをしとるんじゃ。

やはり精神とは、食い物や栄養素、神経組織の連結などではなく、純粋に精神として存在しているのかもしれない。

そんなことも思わざるを得ない、名著です。

 

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