アーユルヴェーダ的に音楽を考えてみる

パニック発作で、ウワアアアアーーーとなっているときに、スローテンポの曲を聴くと、ちょっと昂ぶった気持ちが治まることがあります。

これがきっかけで、発作が止まることさえあります。

音楽は偉大だ、と思う瞬間です。

 

さて、最近アーユルヴェーダという、いわば「インドの漢方」みたいなのがマイブームです。

アーユルヴェーダの理論は、個人的に非常に納得感があって、勉強するのが楽しいです。

それほど難しくもないので、わりと応用も効きやすい気がします。

 

ヒトの体質にはヴァータ(風)、ピッタ(火)、カパ(水)の要素(ドーシャ)があって、このバランスでそれぞれの個人の体質が顕現される、という考え方があります。

ぼくはかなり偏っていて、ヴァータ・ピッタ体質ということになるようです。

落ち着きなく、気性の激しいタイプのヒトですね。

これは、たいへんシックリきます。そのとおりだ。

とくに、ここ10年のあいだにその傾向が強くなってきている気がします。

 

過剰なドーシャを鎮めるというのが、アーユルヴェーダが推奨する方法のようです。

なのでヴァータ・ピッタ型のぼくは、過剰なヴァータとピッタをできるだけ鎮めるというのが、まずは入り口ということになるんだと思います。

アーユルヴェーダでは食べ物にフォーカスすることが多いようで、たとえばピッタ型のひとは、火の要素が強いニンニクや唐辛子を避けるようにする、などのアドヴァイスがあります。

 

そこで思ったんだけど、食べ物以外に「音楽」ということも考えてみたら面白んじゃないかと思いました。

音楽は一時的なものだし、食べ物のように細胞を構築していく物質的な資材でないから、本質的ではないのかもしれません。

しかし精神が肉体に及ぼす影響も無視できないはずだから、音楽のドーシャが心身に与えることも視野に入れてもいいのではと思いました。

 

ちなみに、これもアーユルヴェーダの理屈どおりなんだけれど、ヴァータ・ピッタが多いぼくは「でかい音」が苦手です。

その昔小学生の娘があるアーティストのライブに行きたいというので、名前は忘れましたが、若いロック系のバンドのライブに相伴したことがありました。

会場ではテンポが速く、ドンドンドンドンと、もはや騒音ともいえるような音が溢れかえっておりました。

ヴォーカルのひとも、なにやらマイクを握って情熱的に絶叫しています。

観客は若い女性が多いようで、これまたキャアキャアとアタマにくる高温域で叫びまわっています。

20分ほどその場におりましたら、ぼくはどんどん、怒り始めてしまったのです。

パニック発作とかではなくて、純粋に腹の底から頭にかけてものすごいエネルギーが上がってきて、「怒髪天を衝く」状態になってしまいました。

ぼくは娘に断って会場を出て、トイレに行きました。

そして、トイレで大きく息を吸い、

じゃかましいわっ!

だまれ!

と、大声で叫んでしまったのでした。

そして、こともあろうかゴミ箱を全力で蹴っ飛ばして、ボッコボコに凹ましてしまいました。

(しまった)

そう思って、なんとか元通りに凹みを直して、用も足さずにトイレを出ました。

ションベンやウンコを出すためじゃなくて、怒りを吐き出すために、トイレに行ったようなものです。

ライブに行って「やかましい」なんて、根源的なところを否定してしまっていますよね。

 

うるさい音が、ダメなんです。

激しい音も、苦手。

最初は我慢するんですが、だんだん、だんだん、腹が立ってくる。

アタマにくる。

へんな薬物を使わなくたって、ぼくは「音」だけでトリップすることができます。

たぶん、そもそも相当にカラダの火が強いんだと思います。

だからロックのような「燃えるような」音楽は、場合によってはぼくを激昂させてしまうのだと思います。

普段から、カパ的におとなしい人は、ああいう音楽を聞いて強いエネルギーをもらうのかもしれません。

しかしぼくには不要だ。もともと火と風の大嵐で、メラメラしているから。

 

「ヴァータを鎮める」

この場合はやはり、スローテンポで、重くて、落ち着いた曲、ということになるんだと思います。

ただスローではダメだし、風を連想させるような、軽い感じもあまり意味がありません。

そういう意味では、いがいと「演歌」がいいのでは、と思ったりします。

……じつは、ぼく、演歌嫌いなんですよ。

まさに、重いし、くらいし、テーマがつまらないから。

しかし演歌というのは、たしかに暗いけど、「死の暗さ」というわけでもないのです。暗黒ではない。

いわば「哀」ですかね。重い。

この種の重さは、ヴァータを鎮めるのには、けっこう良さそうな気がします。

ただし演歌には、少々「怒り」を感じる。それが玉に瑕だ。

あまり透明感や、さわやかさはないのです。音が不潔だ。

 

じつはぼくの親父、ドーシャテストをしたところ、ヴァータがかなり低かったんです。

で、親父は大の、演歌好き。

ぼくと母は、ヴァータ・ピッタ型で、陽気だけどあまり落ち着きがないタイプなんですが、演歌が嫌い。

ジャズとかが好きなんですよね。

軽い、あかるい、速い、力づいよいテンポの音楽が好き。

それがそのまま、ドーシャにも反映されてます。

食べ物と一緒で、「音楽の好き嫌い」も、体質に影響している可能性はありますね。

これからは、たまには演歌を聞いてみようかな。

 

「ピッタを鎮める」のは、わりとわかりやすいと思います。

「水」を連想させる音楽が良いのではないでしょうか。

これはもう、確実に「ハワイアン」ではないのでしょうか。

ハワイアンミュージックは、癒し系だけれども、確実に「ヴァータ」が強いと思います。

「風」のイメージもあるから、ヴァータを鎮めるには向いてないかもしれませんが、ピッタは静まるような気がする。

ぼくはハワイアン・ミュージックが好きで、これを聴くとたいへん心が落ち着きます。

しかし不思議なもので、パニック発作のときには、あまり効かないのです。

これよりもクラシックのピアノメドレーなんかのほうが効くことが多いです。

ハワイアンには「風」の要素が強いので、ヴァータは止まらないのかもしれませんね。

また同じ水でも「波」のような、動きのある水を感じます。

いっぽうスローテンポのクラシックピアノなんかは、たとえば「薄霧ただよう朝の湖畔」のような、清潔な湿気と静止した水を連想させます。

 

「カパを鎮める」

これはもう、激しいやつがいいんでしょうね。

たとえば、レゲトン的な。

パニック発作時に、こんな曲聞いたら、発狂するかもしれませんね。

でも落ち込んだときとか、なんか元気ないとき、からだやこころが重いときには、カンフル剤的に効きます。

ていうか、基本的に、ぼくのココロの中は、こんな感じなのかもしれません。

これ系の音楽が、すげー好きなんですよね。なんか、合う。

 

音楽と、アーユルヴェーダ。

そういう視点も、おもしろいかもしれません。

 

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