人は自分の姿勢に騙されている

よく言われることに、

「笑うと楽しくなる」

というのがあります。

楽しいから笑うというのが通常だけど、いっぽうで笑えば楽しくなるというのも、確かにあります。

「笑いヨガ」というのもあったりして、べつに面白くなくても、あるいはいっそ辛かったとしても、笑うと元気になれるというのはあるようです。

むすっとした顔をやめて、ほのかに微笑んでいるような顔をわざと作っていると、案外感情もそのようになっていくのだそうです。

半口をあけて疲れた顔をしていると、こころもなんだか、疲れてくる。

表情を変えると、こころも変わるのだそうです。

 

また「ありがとう」を言いましょう、というアドバイスもよく聞きます。

感謝することがあったから、ありがとうと言う、というのが通常の流れです。

これも「笑えば楽しくなる」のと同じく、「ありがとう」という言葉を口にすることで、感謝の感情が湧いてくることもあるというのですね。

感謝の言葉に限らず「よい感情から出る言葉」を日常から多用することで、感情も良い方向に動きやすくなるそうです。

愛してる、とか、好き、とか、かわいい、とか、きれい、とか、きもちいい、とか、だいじょうぶ、とか、ヨッシャ! とか、いいね! とか。

ぎゃくに、「わるい感情から出る言葉」を多用していると、実際の感情もそのようになっていく傾向があるようなのです。

このやろう、とか、ばかやろう、とか、ケッ! とか、 チッ! とか、もうだめだ、とか、いやだなあ、とか、めんどくさいなあ、とか、きらいだな、とか、つまんねーな、とか、だめじゃん、とか。

口がわるいのがよくないと言われるのは、コトダマ云々波動云々というよりは「感情の逆再生が起こりやすくなるのを防ぐ」というのが本質なんでしょうね。

 

表情や言葉を総称して「感情表現」とすると、「感情表現が感情を定義する」という現象もある、ということなんだと思います。

通常は感情が先にあって、その発露として感情表現が出てくるのですが、逆もまた真なり。

感情表現をすることで、その感情も生まれるということなのですね。

 

感情表現、ということでいくと、これは顔の表情や言葉だけではありませんね。

姿勢もまたりっぱな感情表現であり、ボディーランゲージです。

このことについてまじめに研究した人もいるようで、「ハイパワーボディーランゲージ」というのが提唱されています。

 

How to Be Confident and Reduce Stress in 2 Minutes Per Day

つまり要するに、

自信がある姿勢をすることで自信がつく

ということのようです。

・そっくり返る
・腰に手を当てて胸を開く
・顔を上にあげる

など、「自信や希望に満ち溢れた人がやりそうな姿勢」をすることで、その人の感情も自信や希望に満ち溢れてくるという。

逆に、

・腕を組む
・猫背になる
・うつむく
・背を丸める

など、「自信がなく落ち込んでいる人がやりそうな姿勢」をすると、その人の感情も自信を喪失し、落胆していくという。

 

姿勢もりっぱな感情表現だとすれば、作り笑いをすることで楽しい感情が再生されるのと同様に、姿勢によって感情が変化することは当然といえるかもしれません。

姿勢というと、どうしても呼吸や血流などに関連する肉体方面からのアプローチが目立ちますが、これは姿勢を「アライアンス」として捉えるからでしょうね。

姿勢をアライアンスだけでなく「感情表現である」と捉えるのは、なかなかおもしろい視点だなと思います。

 

密教では「身口意の秘法(三密)」とうのがあって、

・ほとけさまが言うこと(口密:真言)
・ほとけさまがすること(身密:印契)
・ほとけさまが思うこと(意密:思念)

を同時に実行すれば即身成仏できるという話があります。

この三密の秘法も、「感情表現の逆再生」と捉えれば、それほど不可思議な話ではありませんね。

姿勢や、ことばを変えれば、感情まで変わってくる。

密教では早々にこのメカニズムを発見していたのだと思います。

 

ということで、へんな自己啓発系のナニガシみたいに、とにかくのべつまくなしに「ありがとう」を言い、メールの末尾に「感謝!」とかいちいち署名でいれるとか、突如として大笑いするとか、そういう気色のわるいことをするだけでなく、「姿勢という感情表現を変更する」ということもやったほうがいいのでは、と思いますね。

三密のうち「口密」ばっかりやるのではなく「身密」もやりましょうぜ、という話ですね。

 

デスクワークって、どれだけ工夫しても、どれだけいい椅子を使っても、長時間やればどうしても背中が丸くなっていきます。

この「背中を丸めて」「首を縮めて」「肩をすくめて」いる姿勢というのは、感情表現として見た場合には「恐怖している姿勢」「怒りを抱えている姿勢」なんですよね。

脊柱に負荷がかかって筋肉が疲労し、血流が阻害され、呼吸が浅くなって酸欠云々というのも、確かにそうです。

しかしもっと単純に「身体の感情表現によって、イライラしたり、不安を感じやすくなったりする」ということも、十分に考えられますね。

 

デスクワークをもう少し詳しく考えてみると、

A■ デスクトップ型PCで、顔が正面や、やや上を向くことが多い場合(顎が上がる)

B■ ノート型PCや書き物が主体で、顔が下を向くことが多い場合(顎が下がる)

の、二種類があると思うんですね。

 

Aの場合は腰が丸くなって首をすくめるような格好になりがちです。

これは「怒り・警戒の姿勢」とよく似ています。

Bの場合は、頭が下がって巻き肩になり胸が狭くなる格好になりがちです。

これは「かなしみ・落胆の姿勢」とよく似ています。

 

おなじパソコン作業でも、厳密には生成される姿勢がちがうのです。

よって、うまれる感情にも差異がうまれる。

デスクトップ型PCで作業すると前向きではあるが怒りっぽく、そわそわして、警戒心強く、激昂型になりやすい。

ノートPCや書き物、スマホ操作などでは後ろ向きの感情が強くなり、気力や意欲の低下、拒否感情などが起こりやすい。

……かもしれません。

ただこれは、ぼく自身も経験することがあります。

同じパソコン作業でも、デスクトップ型とノート型では、起こる感情に違いがあるのです。

デスクトップはソワソワし、ノート型はウツっぽくなる。

デスクトップでも、ディスプレイの位置が低いと、ノート型のようにウツっぽくなります。

気のせいかな、と思っていたんですが、「姿勢は感情表現である」「感情は感情表現から逆流することもある」という2点から考えると、あながち気のせいだけでもなかったかもしれません。

そういう感情表現をしているから、そういう感情になった、ともいえますね。

 

だから、じぶんの性格や感情について、あまり絶対的なものだと思わないほうがいいのだと思うのです。

わたしは落ち着きがない性格だ、とか、わたしはクラい性格だ、とか、あまり決めつけないほうがいい。

確かに生まれ持った性格もあるだろうけど、案外多めの割合として「姿勢という感情表現」によってただ空虚な「感情の逆再生」が起きているだけの可能性もありますからね。

そわそわして怒りが止まらないようなときには、背中をすこし丸めて、おなかのちからをぬいて、落ち着いた姿勢をとってみる。

ウツっぽくなって気力が喪失したときには、ヒーローのように胸を張って、まっすぐな姿勢をとってみる。

「これが正しい姿勢だ!」なんていう、整体院のSEO的都市伝説は放棄して「臨機応変に必要な姿勢をとる」ほうが、わかりやすくていいかもしれません。

 

ココロって、いがいと「チョロい女」みたいなところがあるんですね。

笑顔とか言葉とか姿勢とかで、かんたんに騙されるんだ。

で、その騙されて出てきたその感情を見て「これが私の性格だ! わたしはそういう人間なんだ!」なんて思い込んで決めつけてしまう本人も、ずいぶんチョロいですけども。

人間って、なんなんだろう。

 

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