リラックス教と副交感神経神話

パニック障害やウツ、更年期障害などの不具合の改善については、「副交感神経を優位にしましょう」という話をよく聞きます。

たしかに、実際に出ている症状はまちがいなく交感神経=攻撃と闘争の神経の興奮状態です。

だから副交感神経を優位にしたほうが良いというのは、当然の話ではあります。

ぼくもこの説を信じて、ヨガや自律訓練法、半身浴など「副交感神経を優位にする」トレーニングをかなり長く続けてきました。

 

やりかたが悪いのでしょうか、ぼくのばあいは、それでも様々な症状があまり良くならないのです。

むしろ最近はヒドくなってきてるんじゃないかと思わざるを得ないときさえあります。

朝方に異様にイライラ、ソワソワしたりして、最近は夕方にもそうなることがあります。

まあとても調子が良い日もありますし、全体としては良くなってきている感じはしていますが……

 

全然話は変わりますが、経営哲学などでよく言われるたとえ話があります。

お風呂に入っている時にお湯を沸かしたら、お湯をどうかき混ぜると早く全体が温まるかという話。

ふつうは、なんとなく「温かいお湯を手前に引き寄せる」と思います。

しかし実際には、自分の周りにあるお湯を「向こうに押し出す」ほうが早くお湯全体が暖かくなるそうなのです。

手でかき寄せると、暖かいお湯は手の面積ぶんしか動かないですが、大きく前に押し出すと、湯船の壁なども使うことになってお湯全体が大きく撹拌されるというのです。

だからこの話は、「急がば回れ」的なアドバイスや、「直接的な効果だけを求めるな」というような訓示によく使われます。

 

ふと、思ったんですよね。

神経も同じなんじゃないか、って。

 

たしかに、症状じたいは交感神経が非常に優位になっている状態だと思います。

「交感神経が優位なのが問題なのだから、副交感神経を優位にしよう」

この発想は、さきほどの「あったかいお湯を手前に引き寄せる」のと同じ、いわばちょっとした愚行ともえるのではないか……

 

ネットや本では、もはや「リラックス教」「副交感神経神話」ともいえるような話が盛りだくさんです。

とにかく現代人は交感神経が優位すぎるから、みんなリラックスして、逆の副交感神経を優位にしたほうがいいのだ。

副交感神経は、優位なほうが良い。

そんなドグマ的な示唆に溢れているのです。

しかし調べてみると、「副交感神経が優位になりすぎる」ことで起こる不具合も非常に多いのです。

 

■ 副交感神経が優位になりすぎることで起こる不具合

・胃酸の分泌が過剰になり、胃粘膜を荒らしたり胸焼けになったりする
・花粉症、アトピーなどアレルギー反応が強くなる
・痛みやかゆみの増加
・骨粗しょう症
・うつ
・免疫力が低下し風邪をひきやすくなる
・気力低下、集中力低下
・神経過敏

案外、バカにならない症状が出るようになるのです。

 

そして、これらのことで、ぼく自身も思い当たることは多いです。

ことしの2月ぐらいから自律神経の調子を悪くしてから、頻繁に胃のむかつきが起こるのです。

また、すぐに治りますがアトピーっぽい蕁麻疹のようなものも出ます。

きゅうにウツっぽい感じになることもあり、気力が沸かなくなり、何もしたくなくなることもあります。

ちょっとエアコンが強かっただけで風邪をひいたりします。

以前はそれほど気にならなかったのに、腰や背中の痛みをよく感じるようになりました。

些細なことに過敏になって、落ち着かないことも多いです。

雨の日にこれらの症状は強く出るようになります。

これらは「副交感神経が過剰に優位になっている」ときの症状に合致するのですね。

 

もしかすると、ぼくは体質的に「副交感神経優位型」なのかもしれません。

花粉には強いですが、子どものころからハウスダストや動物の毛などにはけっこうアレルギーがあり、ぼくが掃除好きなのは何も性格的にきれい好きというだけでなく、あまりホコリが貯まるとくしゃみやかゆみが止まらなくなるからです。

本質的に競争心は少ないほうで、マイペースで勝ち負けに無頓着な傾向が強いです。

そのくせに人の気分を敏感に察知するところがあり、カンも鋭いほうです。

外で元気に遊ぶよりも、家で本を読んだりするほうがシックリくるところがあります。

パーリーピーポー的なお祭り騒ぎは昔からあまり好きでなく、図書館とかの静かで落ち着いた空間を好みます。

痛みや違和感に弱く、神経過敏なところが昔からあります。

疲れやすく、ちょっとした風邪はよく引くくせに、そのくせ意外とカラダは丈夫で、大きな病気はあまりしないのです。

怪我をしてもとても治りやすいところがあります。

睡眠時間はかなり長いほうで、睡眠不足にとても弱いです。

このへんの特徴を見ていくと、もともと体質的にかなり副交感神経に寄っているところがあるのかもしれません。

 

ぼくは個人事業主で、いわば漫画家さんみたいな生活をしています。

仕事をする格好も自由で、時間も自由。怖いのは締切だけで、人にはそんなに会わない。

そんなだから、ジャージなどのラクな格好で仕事をすることが多いです。

しかし朝からスーツを着るようになってから、どうもあのイライラやソワソワが少し低減しているのですね。

 

そこで、思ったのです。

あの朝の異様なソワソワ、イライラの根本原因は、副交感神経に傾きすぎていることなのではないか。

副交感神経に強く傾いていると、逆の交感神経側に変転するのに、ふつうよりも非常に強いパワーが必要になってしまうのではないでしょうか。

眠っているときは、だれしも副交感神経が優位です。

バランスが取れているひとならば、わりとちょっとしたパワーで交感神経側に移動することができます。

しかし副交感神経の「奥の院」まで引っ込んでしまっていた場合は、交感神経との国境線に近づくだけでも、とてつもない距離があります。

そこで起床直後の午前中は、カラダが渾身の力を振り絞って交感神経側に引きずり出そうとするのではないでしょうか。

原因不明のイライラ、恐怖感、不安感、大量発汗、熱感など。

これは「交感神経が過剰になっている」というよりは、むしろ「交感神経側に移動するのにそれだけの大興奮が必要である」とも考えられるのではないでしょうか……。

東洋医学では、陰極まれば陽となり、陽極まれば陰となるということわざがあります。

副交感神経が極まると、その反作用で、交感神経の特徴も非常に強く出るようになるのかもしれません。

 

だから、以下のようなことになるかもしれません。

・症状の直接的な原因は、交感神経の興奮である。

・その直接原因の原因、つまり根本原因は、副交感神経に強く傾きすぎていることである。

 

普段から闘争や競争と縁遠く、しごく平和な日々を過ごしている。

また、これといった緊張感や刺激もない毎日。

そんな緩慢な日常において、頻繁にヨガや自律訓練法など、副交感神経をさらに強くするようなことを習慣にしている。

こんなことをしていたら「副交感神経の魔窟」に落ち込んでいっても、全然おかしくないと思うんですね。

ぼくに足らないのは、むしろ「刺激」だったのかもしれないです。

血湧き肉躍る、とはいわないまでも、何らかのピリっとした強い刺激。

仏教などを独学したせいで、そういうものがあたかも「よくないものである」というような価値観さえ持ってしまったこともあり、よけいに強い刺激から縁遠くなっていってしまいました。

ある意味魔道に堕ちたとさえ言えるのかもしれません。

 

日本では古来より、ハレという概念があるそうです。

ハレとはまさに交感神経側の状態で、陽性、光明、活動、興奮、豊穣、覚醒、そのような状態を指すと考えられます。

そして日本では昔から「ハレの日」をとても重要だと考えてきました。

しかし生半可に仏教などに接すると「ハレ」をあたかも「過剰な欲」のように捉えてしまう場合があります。

沈思、黙考、無欲、停止、和平、隠遁、そのような副交感神経的サイドにどんどん向かっていく。

実際には仏教では「覚醒」をとても重視しているし、座禅もリラックスではなく「戦う気合を持て」と言われることもあります。

戦いを避け、和平に逃げ込み、慈悲とやさしさを混同し、癒やしに親しみ、なまぬるい、うすぐらい世界に引きこもり、自己愛に耽溺し犬が犬の糞を食らうような指向性を持つことを仏教は推奨していないはずです。

溌剌たるべし、勇猛果敢たるべし、覚醒すべし、戦うべし、立ち上がるべし。

交感神経側の性質を重視するのもまた、仏教の本質かもしれません。

 

さておき、だからやっぱり「気合が足らん」っていうのは、あながち間違っていないのかもしれないです。

気合というコトバを忌み嫌う、その性向こそが、天魔に魅入られた証左かもしれないですね。

たしかに、なんでもかんでも気合だけでなんとかしようとしたり、それを強引に強要するのはどうかと思います。

だからといって、気合や戦いを完全否定して逃げの一手を決め込んでいると「副交感神経の罠」に食われてしまうのかもしれません。

やっぱりたまには「ハレ」が必要です。

 

 

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