クマは殺すべきかどうか

ぼくも登山好きなので、このニュースには興味を持ちました。

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190810-00010000-kachimai-hok

 

つまり山にクマが出て、最近は襲われて大怪我を負わされた被害者もいた。

だからクマを駆除したほうがいいという意見と、山はもともとクマの生息地なんだし殺すことはない、という意見で二分しているようです。

行政側は「山はもともとクマの生息地」として駆除しない方針だが、登山者や専門家は「死亡者が出ないうちに駆除すべきだ」と意見が割れている。

 

この記事を読んで、いちばん最初に思ったのは「ほんとに意見が二分してるのか? ウソじゃない?」っていうところでした。

二分、ということは、 賛成と反対でほぼ50%づつってことですよね。

「殺せ」っていうひとが50%もいるとは、ちょっと考えにくいんだけどなあ。

それにここで書かれている、クマの駆除に積極的な「登山者」「専門家」って、だれのことなんだろう。

ぼくはなんとなく、旅行会社なんじゃないかな、と思ったりしました。

 

登山好きのひとには2種類いて、

A. 流行や健康志向のために、レクリエーションとして登山を好むひと
B. 自然や冒険が好きなひと

に大きくは分かれると思います。

まあ厳密には相互入れ組んでるから、どっちのほうに軸足があるか、っていう感じですけどね。

 

クマを殺すことに賛成するひとは、たぶんAのひとだと思う。

登山については、山のきれいな空気、絶景、ちょうどよい運動、仲間との達成感の共有、山上で食べるご飯など、そういったレクリエーション要素のみを好むのだと思います。

だから山=人間のもの という感覚も強いのだろうと思います。

 

ぼくはどっちかっていうと B.のほうなので、ちょっと意見がちがいます。

べつにクマがかわいそうとか自然保護とか、そんなヒューマニズム的な観点じゃなくて、クマは殺さなくていいと思う。

登山は一種の冒険だと思うから、クマに殺されるなら本望じゃないの、って思うのです。

・最近、クマが出た。
・被害者もいる。

このふたつの情報を知っていて、それでも登山に行くというのなら、行ったらええやんか。

で、襲われたらええやん。

クマが怖いんやったら、行かんかったらええねん。

日本はもうどっちかっていうと「山の国」なんだから、クマの出ない山もいっぱいあります。

そこへ行ったら、ええやんなあ。

 

たぶん山が好きなひとは、そう言うと思うんだよな。

そこに生きてるクマもひっくるめて山だろうが、って。

それが怖いなら山が怖いってことなんだから、無理して行かんでもええやんけ、っていう。

 

ぼくは腰抜けなので、クマが出るということがわかっている山には、行かないです。

噴火が起きる可能性の高い山にも行かないし、冬山に登るとかも絶対にしません。

怖いから。死にたくないから。

でも、そういった危険な山に行く登山者を、ぼくはべつにバカだとか愚かだとかは思いません。

それぐらい好きなんだろうな、って思うだけ。

ある意味尊敬するし、カッコイイなあとも思います。

 

怖いから、怖いもの殺しっちゃってよう〜、安全にしてよう〜、ママー、みたいなのがいちばんかっこ悪いと思う。

なんやねんなお前は。

そんなんやったら、最初から登山せんかったらええねん。

安全な屋内プールで背泳ぎとかしとったらええやん。

海岸で浮き輪つけて浅瀬で泳いどけや。

 

でもぼくは、ママー、殺しちゃってようー、とかいう腰抜けが「多い」とは、到底思えないんですよね。

いることはいるだろうけど、少ないじゃないの。

そこまで腰抜けなら、登山じたいしねえだろう。

だから「殺せ」って言ってる人って、強い利害関係があるひとなんじゃないかな、って思うんですよね。

クマが出たことで旅行関係の売上が落ちて会社潰れそうだとか、もう生きていけないとか、そういったノッピキならない理由があるんじゃないか。

 

個人的には、行政の姿勢がステキだなって思いますけどね。

山はもともとクマの生息地として駆除しない方針だ。

そりゃそうだ。

てめえが勝手に人の庭に入りこんで怒鳴られたからその家の主を殺す、ってな理屈ですからね。

サイコパスかよ。

 

人間の生息地に降りてきて、人を襲ったので殺したというのなら、まだ理解できますけどね。

まあその前に、ちょっと領土広げすぎて、クマを追い詰め過ぎなんじゃないのっていうのもありますけど。

最近チンギス・ハーンの話を読んでとくに思ったんですけど、「征服」ってべつに、強引に侵略したり蹂躙したりすることだけじゃないんですよね。

もともと住んでいる者に対してもあるいていど自治を認め、行動を自由にさせてあげて、征服されることでメリットを与えるというのが、いちばん理想的。

モンゴル帝国はできるだけそれをしたから、あれだけの超巨大な帝国を短期間につくりあげることができたそうです。

蹂躙と強制だけでは、いずれ大反乱が起きてしまうんですよね。

自然も一緒だと思う。

人間がじぶんたちの領地を広げていきたいのなら、「もとのぬし」の利益も考えてあげないと。

それができなかったのなら、反乱で殺されたらええねん。

それは、征服者としてマネジメント能力が足らんかった、ナメてたってことなんだから、そこは怒り狂うところじゃなくて、やりかたを反省するところなんだと思う。

 

自然はともだち、みたいなことを言うひともいるけど、ぼくはそれはちがうと思う。

自然はともだちでもあり、父母でもあり、また敵でもあるんですよね。

自然は、すべてを、包含している。

だから「かわいそう」とか「自然を守れ」とかだけ言ってるお花畑は、そのうち自然にナメられてエラいめにあうと思う。

自然はやさしい顔をしてることも多いけど、とつぜん意味なくホロコーストやるからね。

小さなイノシシの子ども相手でさえ、素手で勝負したら殺されかけるぞ。

自然に包まれてニコニコしていられるのは、「都会の中の自然」にいるからだ。

自然は、ヤクザの100万倍怖いよね。

 

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