自分の感覚を、信じることにした。

毎日掃除をするようになって、2ヶ月。

そのせいなのかどうかはわかりませんが、ずっと息苦しかったのがかなりマシになっています。

 

でもたまに、妙に息苦しさを感じることがあります。

以前手帳とにらめっこをしながら相関関係を見ていって、「大規模な掃除の翌日」に不調が訪れることがわかってきました。

なのでたぶん、掃除で吸い込んだハウスダストやカビなどに対するアレルギーかもな、という推測までは行きました。

 

じつはもうひとつ、相関関係があるように見えることがあります。

拭き掃除をすると、息苦しさが格段にとれる

っていう。

まあずいぶんマシになっているので、あまり差異を感じなくなってきてはいますが、今でもときどき、異様に息苦しさを感じる時があります。

 

今日がまさにその日で、まず昨晩はとくに大規模な掃除はしていません。

夜の9時には床につき、朝の5時に機嫌よく目覚めました。

いつもどおり、起床直後にフローリングワイパーで全部屋を掃除し、ハンディモップで机の上やクーラーの上などのホコリを取り除きます。

天気はよく、朝食後には15分ほど散歩に行き、しっかり日光にもあたってきました。

しっかりとウンコもして、快食快眠快便であります。

仕事の量は普段どおりで、特にトラブルなく過ごしておりました。

そんな、どっちかというと、いい感じの日。

 

なのに午後あたりから、また妙に息苦しくなってきたのでした。

おかしい。

どう考えてもおかしい。

もうホコリもほとんどなく、換気も十分、湿度も低く快適です。

ストレスもまったくありません。

そこでフト思い出して、「ぞうきんで床の拭き掃除」をすることにしました。

毎朝ドライタイプのフローリングワイパーで掃除をしているので、雑巾がけは特に必要ないのでは、と思っていた節があります。

しかし以前、それはまだ掃除に目覚める前でしたが、床の拭き掃除をするようになると異様に自律神経の調子が良くなる、ということを何度か経験していました。

当時は、床を雑巾で拭くという行為がいい運動になっているのでは、と考えていました。

這いつくばって腕を動き回すというのは、かなりの運動量でもあるし、肩こりの改善にも良さそうです。

運動効果で気分が良くなっているのかな、と考えたのでした。

 

そんな経験もあるから、今回もしっかりと全部屋の床を雑巾がけをしました。

するとやはり、あの息苦しかったのがスーっと消えていくのでした。

このことについては、いくつか原因が考えられます。

 

1)精神的効果。掃除をして、気分が爽快になったため。

2)運動効果。這いつくばって動き回るというのが、よい運動になった。

3)未知のアレルゲンの除去効果。

 

すべて考えられうることですが、じつは(1)(2)については最近、懐疑的です。

(1)精神的効果については、もちろん皆無ではないと思います。

しかしそれならば、どうして掃き掃除や整理整頓、模様がえなどではその効果を発揮しないのか。

とくに窓掃除などをしていると、高確率で具合がわるくなります。

精神的なことが主原因なら、どのような掃除でもその効果があってしかるべきではないかと思うのです。

(2)については、ではなぜ、同じ室内で筋トレやヨガを行っても、効果が全くないのか。

むしろ逆に、具合が悪くなることも多かったです。

(1)+(2)の相乗効果である、ということも考えられますが、これだって、じゃあどうして掃除機をかけたり、掃き掃除では効果が薄いのか、ということの回答が得られません。

 

だから消去法で(3)未知のアレルゲンではないか、と今は推測しています。

それがカビなのか、あるいは無機的な科学物質なのか、それはわかりません。

床の拭き掃除をするたびに異様なまでの神経の安定と息苦しさの改善があって、これが精神的なことだとか運動効果だとかいう、そんな「弱いもの・曖昧なもの」のようには思えない。

もっと「てきめん」なのです。

 

ちなみに、以前母が使っていた部屋が現在、たいへん臭う。

訳あっていま母はべつの家にいるのですが(べつに家庭内人間関係に問題があったのではなく、遺産相続系の事務的なことです)、そこがものすごく臭くなってしまっているのです。

このことについて、父も、娘さえもが「何も臭わない」というのです。

しかしぼくには、もう正直息ができなくなるぐらい、耐え難い悪臭に感じるのです。

換気もしていますし、父がいちおう掃除はしてくれているとのことです。

だから父も娘も「それはおまえの気のせいだ」というのです。

なので、これも自律神経失調症の一環なのかな、とか思っていました。

 

違いました。

部屋の壁や隅をちゃんと見ていくと、あちこちにカビのようなものが生えていました。

雑巾で拭くと真っ黄色になるぐらいの、もすごい汚れがあちこちについていたのです!

つまり、おかしいのはぼくの鼻ではなく、父と娘の鼻なのでした。

ふたりとも花粉症なので、なにも臭わなかっただけなのです。

そこでいままでの経緯を振り返って、忽然と思った。

 

ぼくは、ぼくの感覚を、信じよう。

 

パニック障害や自律神経失調症があるので、じぶんの感覚というものをあまり信じていませんでした。

みんなが気のせいだというのなら、きっとそうなのだろう、と思っていました。

しかし結局、ぼくの鼻や神経は、いちども間違わなかったのです。

異様なニオイはクーラーが原因じゃないかと感じたら、やっぱり実際にそうでした。

北風が臭うと感じたら、ベランダにカビがたくさん生えていました。

電化製品のコードを触るとどうもかゆみのようなものを感じると思ったら、コード類が非常に汚れていました。

足に水虫のような、たむしのようなものがよくできると思ったら、床掃除を徹底的にすると、治ってしまいました。

母親の部屋が異常に臭うと思ったら、やはりカビのようなものが生えていて、よくわからない汚れがたくさん壁などについていました。

 

ぼくがビンカンすぎるのではない。

みんなが、鈍感すぎるのだ。

ということに、忽然と気がついたのです。

だから、思った。

「わかるのはぼくだけなのだから、ぼくがちゃんとしないといけない。」

 

この家は、ぼくの持ち物です。名義が、ぼくです。

住宅ローンを払っているのは、ほかでもない、ぼくです。

だからヘンな話だけれども「持ち主だからわかる」っていうこともあるのかな、と思いました。

家がヌシであるぼくに、何かを伝えようとしていたのではないか。

ここがたいへんなことになっている、あそこがひどく汚れている。

それを、においとか不調とかで「教えてくれていた」のではないか・・・。

なーんつって。

 

掃除を毎日つづけていくと、家に愛着がわいてきます。

言い方はおかしいかもしれないけど「かわいくなってくる」のです。

頻繁にヨシヨシ、ヨシヨシと撫で回していくからだと思います。

だからこそ、気づくのかな、とも思いました。

掃除を日課にするまえは、家の不具合なんかにはまったく気が付きませんでした。

掃除が習慣化してくると、いろんなところが、見えてくる、感じられるようになる。

きっと、そういうことなんだろうと思います。

 

「しょっちゅう拭き掃除をしないと具合がわるいなんて、やっぱり何かの病気なんじゃないか」

そうかもしれません。

でも、もしそうなら、これは「良い病気」ともいえます。

ぼくはべつに掃除をしないと気になって眠れないとか、そんな脅迫的な感じは全くありません。

しなければしないで、べつにとくに、気にはならない。

 

そもそも掃除というのは古来より「毎日」が原則なのです。

数日に1回は雑巾で床の拭き掃除をするというのもまた、本来は「あたりまえ」だった。

あたりまえのことをしていないと、不調になってしまう。

これはすごく、ありがたいことなんじゃないのか。

ぼくは、あたりまえのことをサボるためにドンカンになりたい、とまでは思えません。

ドンカンのほうが正常だ、と言い切る傲慢さもありません。

見たくないものがあるから目をつぶすというのと、まったく同じ行為だからです。

 

感じるのなら、見えるのなら、この感覚を信じてみようと思います。

ぼくが感じていることは、間違ってはいない。

だから人の判断で行動に制限をかけるのは、やめておくことにしました。

神経がわるいんじゃない。

神経がわるいと決めつけることが、わるいんだ。

じぶんが悪いのではなく、じぶんを悪いと決めつけることがわるいように。

 

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