人間は、汚れるほどに、強くなる。

「人間の9割は細菌でできている」という説を信じかけたことがありました。

この説によると、人間というか生物というのは「マイクロバイオーム」の影響を多分に受けており、またこのマイクロバイオームというのは良い菌とわるい菌の共生生物叢のことを指す。

だからあまり清潔にしすぎるとこのバイオームが破壊され、かえって悪玉菌が跋扈することになりかねない、というものです。

 

まあ、そうかもしれん。

でもぼくはこいう考え方はあまり現実味がないな、と思うのです。

理に走りすぎているというか、そんなややこしいことではないのではないか。

本1冊を費やしてまで述べるほどの大げさな話ではないのではないか。

 

人間は、汚れるほどに、強くなる。

 

ようするに、それだけの話なのではないか、と思うのです。

 

まず大前提として、はやり「清潔」というのはたいへん重要だと思うのです。

清潔は癒やしであり、心身を安定させ、過剰な欲求を鎮め、マインドワンダリングのスイッチを切る。

清潔であるということは、やはり「楽」です。

さまざまな菌と勝った負けたの勝負を繰り広げなくて良いからです。

 

しかしこの楽な環境にずっと居座り続けると、つまり清潔な環境になれすぎると、いわゆる「わるい菌」にも弱くなっていってしまうんだと思います。

すぐに風邪をひく、ちょっとした刺激で皮膚が荒れる、粘膜が異常反応する。

異物に対して過剰に反応し、苦しい思いをしてしまう。

 

「掃除をすると、強くなる」。

けっこう、そんな感じがしてきたんですよね。

家のなかの「地獄」と、手袋なし、マスクなしで格闘を続けて3ヶ月。

最初の頃はズタボロになりましたが、最近はもう少々の黒カビでもあまり反応をしなくなりました。

「慣れて」きたのかもしれません。

 

「ぼくは、黒カビに弱い」

たしかにそのような反応がありました。

しかしよく考えてみれば、そのくせにぼくは、掃除をすることで全身に黒カビを浴びていたのです。

エアコン掃除、キッチンや風呂場、窓のレールなどに生えていた黒カビを、素手のままこそぎ落としていっていました。

もしほんとうに「弱い」のなら、ぼくはもうすでに何らかの病気をしていたのではないでしょうか。

しかし実際には、最初の頃こそ確かに寝込んだりはしたものの、全体的には逆に徐々に体調はよくなっています。

もはや最近では少々のカビなど全然怖くないし、からだのほうもあんまり反応しなくなってきました。

 

家の掃除が行き届いているかどうかというとことよりも、「掃除という行動」をしているかいないか、ということがよほど重要なのはないか、と思うようになってきました。

ほんとうのきれい好きは、じつは掃除をしないのです。

汚れそのものを、触りたくないから。

地獄を見たくないから。

完璧主義者ほど部屋が汚いというのは、汚いものに振れたくないという動機があるようなのです。

だからそんな人は、トイレを掃除するのにも、手袋やマスクをしたりする。

 

そんなもん、せんでもええのである。

うんこなんぞ、ジカに触ったらええんである。

ゴキブリのフンも、素手でかき集めたらええんである。

油汚れも黒カビも、手のツメで直接こそぎ落としたらええんである。

そういうことをすると、たしかに一回、具合がわるくなります。

しかしそれを乗り越えたら、スーパーサイヤ人がごとく、「汚れに強い」人間に進化していくと思うのです。

人間という生き物は、思った以上に、抵抗力が強く、順応性が高いように思います。

掃除というのは、その「結果」に目を向ければ、清潔な行為と思いがちです。

でも実際は、まったくの逆なのです。

掃除をするということは、汚れや菌に「まみれる」ということなのです。

 

掃除は、良いことである。

これは「清潔という結果」を評価しているのではなく、「清潔に至るまでに盛大に汚れる」という部分に対する評価だと気づきました。

キレイな空間が良いことなのではなく、キレイにするため、一時的にあらゆる菌とヨゴレを一身に被ることが良いことなのだ。

それをすることで、カラダが「菌とヨゴレに強くなる」のだと思います。

有り体に言えば、抵抗力が増し、免疫にスイッチが入るのかも。

 

「汚れ」と「清潔」を、うまく使い分けることが必要なんだろうと思いました。

上記の学説でいけば、不潔であることは良いことのようにも解釈できます。

あえて消毒や滅菌を一切しない生活を送ることでマイクロバイオームが形成され、そこで菌のバランスが生まれてくる、という考え方だからです。

しかしぼくは正直「そんなに甘くない」とも思うのです。

そんなにうまいこと、バランスの取れた菌叢ができるとは思えない。

それならば、自然界には菌やウィルスによる病気は一切ありえない、ということになってしまうからです。

菌叢だけが重要なのではなくて、そこに「抵抗力」というものも絶対に必要なはずです。

わるい菌に抵抗し、はねとばし、張り倒し、駆逐する肉体の機能。

この機能は、筋トレと同じく「鍛える」ものなのだろうと思います。

 

だから掃除をするときは、へたにマスクや手袋なんかせずに、素手でべったりと汚れを触りまくり、盛大にホコリも吸う。

しかし掃除が終わったら、手洗い、うがいをして、しっかり風呂に入り、石鹸できちんと除菌する。

とくに寝室などは、できるだけわるい菌がいないようにしておく。

「無菌は休息」だと思うのです。

よけいな菌ができるだけ少ない場所にいる間に、からだは「強くなっていく」ような気がするのですね。

筋トレだって、そうなんです。

とにかくつらい、きびしいことばかりしていればよい、ということではない。

筋肉が強くなるのは、じつは「眠っている間」なのですよね。

鍛えるときにはしっかりやって、しっかり休む。

休んでいるときに、人は強くなっていくのです。

菌抵抗も一緒なのかも、と思うんですよね。

汚れるときには、防御などせず、しっかり汚れる。

しかし休むときには、できるだけ清潔にして、清潔な空間にいる。

清潔な空間にいる、そのあいだに、抵抗力は強化されていくのではないか。

 

汚ければ汚いほどよいという話にもならないし、清潔であれば清潔であるほどよいという話でもない。

強くなるためには、汚れることも、清潔であることも、ともに大切なことなのかもしれません。

汚いからこそ強くなれるし、清潔だからこそ強くなれる。

清濁どちらが欠けてしまっても、人間は強くなれないのかもしれません。

 

人間は、汚れるほどに、強くなる。

そしてしっかり汚れたあと、身を清潔にして、清潔な空間にいる間、抵抗力は強くなっていく。

掃除はそういう意味で、たいへんに合理的です。

掃除でがっつりと汚れまくったら、部屋はとても清潔になる。

しっかり風呂にはいって、掃除を終えた清潔な部屋で、ぐっすり眠る。

そのあいだに、からだが強くなっていく。

この流れには、なにひとつ無駄がありません。

とてもよくできたプログラムだと思う。

 

掃除は、清潔になるためにやるんじゃない。

じぶんが汚れるために、やるんだなあ。

汚れを嫌ったり、恐れているようでは、強いとはいえない。

本当に強いのは「汚れをものともしない」という心身の持ち主です。

 

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