遍界かつてかくさず

ぼくが知らないだけで、どこかに「よい方法」があるのではないか。

ぼくを救ってくれる何かが、どこかに潜んでいるのではないか。

まだだれも発見していないだけで、重大な秘密がどこかに隠されているのではないだろうか。

 

パニック障害などという妙ちくりんな病気になると、そんなことを妄想するようになります。

そこで医学的な本をたくさん読んで知識を身につけようとしてみたり、ネットの世界を徘徊したりするようになる。

どこかに「特別な方法」があるんじゃないか、という期待をもって。

 

でも実際には、そんなものは、なかったのかもしれません。

結局は、ほとんど誰でもよく知っている、あたりまえの、ふつうのこと、それが「いちばんの方法」なのかもしれないですね。

 

禅には「遍界不曾蔵(へんかいかつてかくさず)」という言葉があります。

この世界はなにも隠してはおらず、そのまんまオープンに、すべてを開陳している。

それを見えない、隠れていると思うのは、見ようとしていないだけである、っていう。

 

また「眼横鼻直(がんのうびちょく)」という言葉もある。

この世の真理というのは「眼横鼻直」。

つまり、眼は横につき、鼻は縦についているように「あたりまえ」「ふつう」のことである、っていう。

 

そんなこと言われたって、うそつけ、と思ってしまうんですよね。

ゼッタイにどこかに、ぼくが知らない何かがあるはずだ。

トレジャーハンターのようにその「お宝」を探すことが、どうしてもやめられない。

 

だからぼくも、ヨガなどにも興味を持ち、プラーナやチャクラ、クンダリニーという摩訶不思議な香りのする知識をたくさん身につけていきました。

そこにぼくを癒やしてくれる「何か」があるような気がして——いや、気がしたというより「願った」のかもしれませんが——真面目に勉強しておりました。

でも4年間が経ち、気がついたのでした。

大切なことは、足元にあった。

ぼくは柔道を10年間していたのですが、人生で大切なことは、ぜんぶ柔道のなかにあった。

まさに脚下照顧、めずらしい、初耳の何かにのめり込むまでもなく、学生のころから日常的に接していたことにこそ、ほんとうに大事なことは全部含まれていたのでした。

 

そしてその大事なことは、柔道や武道をしていない人でもからなず聞いたことがある、あたりまえのことばかりだったのです。

少なくとも日本人であれば、だれしもが聞いたことがあることばかり。

礼儀正しく、自然体であれ、こだわりすぎるな、掃除しろ、道具やモノを大切にしろ、身だしなみを整えろ、落ち着け、我欲に溺れるな、自己中になるな、柔よく剛を制す、だれにでも敬意を持て、品位を失うな、姿勢を正せ。

ようするに「ちゃんとしろ」。

「あたりまえのことを、まじめにやれ」。

 

むしろ秘密だ、高度だ、特別だと言われているノウハウ群に限って、これら「ほんとうに大切なこと」を、なぜかあまり言わないのです。

やれエネルギーがどう、波動がどうの、オーガニック、自然が云々。

食べ物に敬意と感謝を持つという「当然のこと」はしないくせに、からだと霊魂に良いものばかり食えという。

現代に生きるものが現代に沿って生きていくという「自然なこと」はせず、現代のテクノロジーを否定し、現代の問題点に恐れを抱くという「不自然なこと」に傾注していく。

結局、特別な方法や、秘密の道には、大切なことなんかなにひとつなかった。

そこには、よけいなこと、いらないこと、毒にも薬にもならないものごとばかりが、あふれていました。

 

遍界かつてかくさず。

だれでも知っている、あたりまえの、当然で、珍しくもなんともない、ふつうのこと。

じつは、それそのものが「秘密」だったのですね。

それをくだらない、面白みがない、意味がないと思い込んだら、足元に落ちている「あたりまえ」が、突如としてこの世の秘密になっていく。

 

結局、興奮したかっただけなのですよね。

マインドワンダリングを求めていただけ、ワクワクしたかっただけ。

珍しい、特別なことを学び、やっていると、秘儀参入のような興奮があり、わくわくします。

この「わくわく」の中毒になっていただけでした。

秘密の奥義の箱を開けてみたら、なんのことはない、「足元を見ろ」っていう紙片が入ってた。

 

目的地までワープをしたいという、怠惰で、せっかちな精神。

そんな傾向が強いと「秘密」を知りたがるのですよね。

結果オカルティックな、スピリチュアルな世界にのめりこんでいってしまう。

 

あたりまえのことを、あたりまえに、ちゃんとする。

きっとこれこそが「最上位の秘儀」なのだと思います。

遍界かつてかくさず。

めちゃくちゃ大切なことに限って、これみよがしに、あかるいところに、パッカーンと「おっびろげ」で見せてくれているものなのかもしれませんね。

それをシカトこいて秘密のうすぐらい、魅惑的な洞窟に入り込むと、そこには妖怪がいっぱいいた。

 

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