ライトノベルと小説の違い

やっとぼくの中でモヤモヤしていたことが解決しました。

「ライトノベルと小説の違い」

です。

 

ライトノベルというのは、直訳すれば「軽い小説」「軽い読み物」とでもなるのでしょうが、一般的な概念としては「主に若年層向けに書かれた小説」ということになるのだと思います。

よくアニメ化されることもあり、いわゆるオタクと呼ばれる人によく読まれているという雰囲気もあります。

 

個人的には、相手が若年層であろうがオタクであろうが小説には違いないのであって、ライトノベルと小説には決定的な違いはないのではないか、と考えるのです。

しかし実際読んでみると、ラノベと小説では根本的な何かが違うと常々感じていました。

この「根本的な何か」が、ずっとわからなかった。

 

これを紐解く鍵になったのは、

「ラノベは読者の欲望の鏡である」

というコトバです。

 

そうだ!

これだ!

 

「ラノベだって小説だ」ということについて、コトバの使い方を誤っていたのだと思います。

だからややこしくなっていた。

正確には「ラノベだって文芸だ」なのでした。

 

小説、ということと、文芸、ということをごっちゃにしていたから、わけのわからない感じになっていたんだと思います。

小説は文芸の一種であることは確かで、またラノベも文芸の一種です。

だから小説もラノベも一緒なんだ、というのは、論理学的にまちがえている。

ハツカネズミは白くウサギも白いから、ハツカネズミとウサギは同じだと言ってるのと同じだから。

 

ラノベを読んだときに感じる、あの読後のモヤモヤ感の正体。

それは、

てめえの欲望の代理解消じゃねえか

っていう気持ち悪さだったのでした。

 

異世界転生モノというジャンルを読むと、それは顕著なのです。

いままでずっと引きこもりのオタクでリア充とは程遠く、臆病で彼女もおらず友人もすくなく、自己の世界に埋没しがちだった主人公が、あるきっかけで「異世界」に転生する。

すると主人公はそこで特殊能力を得て、いままでの臆病さはいずこへ、一転突如勇猛となって八面六臂の活躍をし、ヒーローとなる。

また数多くの美少女と恋に落ちる。

 

 

……なにゆーとーねんお前。

 

 

いままで臆病で社交性もなかったような者が、どうして異世界にいっただけで突如社交的でモテて、勇猛果敢なヒーローになれるのか。

あまりにも現実離れしていて、リアリティがなさすぎるのではないでしょうか。

この世界でダメな者は、異世界にいってもダメなのです。

なぜならば、異世界でそんなことができるのなら、この現実の世界でもできていたはずであるから。

「おなじひと」なんだから。

このような世界観にはたいへんに自己中心的でひとりよがりな価値観が存在しています。

「わたしが不遇なのは、外部条件がわるいからだ」

だから条件さえ整えば、わたしは能力を活かせるはずなのである。

 

んなわけねーだろうが。

「条件がわるければ出せない能力」の時点で、その能力はクソである。

ていうか、ないのとおなじである。

能力を出せる人は、外部条件がどうであろうと、出す。

能力がなくても、出す。

そして、活かす。

それをして「能力」というのだと思います。

 

だから異世界もののラノベというのは、たとえば「人間とはなにか」というような哲学よりも、「私はそうなりたい」という欲望のほうがメインになっているようなのですね。

読者の欲望と、作者の欲望をうつしだす、まさに「鏡」なのでした。

つまりラノベというのは「欲望の代償成就」の要素が非常に強い。

 

いっぽう小説には「説」が含まれているように感じます。

主たる方向性に「人間とは何か」という哲学的なテーマを「文芸」という方法論で紐解こうとしているというのがある。

主人公が歩むストーリーのなかで、テーマに合致する象徴的な出来事、あるいは人物との出会いなどがあり、それを通じて一種の仮説のようなものを導くように構成されていることが多いです。

そこには原則読者や作者の欲望の解消という要素はないか、あっても希薄である。

一種求道的な要素もあり、だから読む小説によって人生や考え方が一変するということもある。

テーマがテーマだけに、あまり流行ということにも左右されにくいというのもあります。

ラノベは水平性が強く、小説は垂直性が強い。

 

どっちが上等でどっちが下等とか、そういうことではないんですよね。

ラノベと小説には根本的な違いがあるものの、相互に似通った特性を併せ持つということも充分にあると思います。

哲学性の高いラノベだって、あるかもしれません。

体裁はラノベだけど、一部にすこし求道的な仮説が混在している、ということはあるでしょう。

たとえば筒井康隆さんの「時をかける少女」とかがそうなのかもしれませんね。

 

だから「ターゲットが誰か」とか「技巧の違い」「発行レーベルの違い」などではなく「主たる目的」こそがキーなのだと思いました。

読者の「欲望の代理解消」を中心目的に据えているもの、つまり「ウケる」ことを狙っているものは、基本的にはラノベである。

人間という存在についての哲学的な模索を主たるテーマに据えているものは、小説である。

いまのいところ、こんな分類が「しっくり」きます。

 

ラノベをたくさん読んだわけではないので、この分類は正しくないかもしれません。

機会があればまた読んでみようと思います。

異世界モノ以外で。

異世界モノは、ひとのオナニーを覗き見しているようでどうも尻の座りがよくありません。

 

 

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