はらいたまえ・ひらきたまえ

ぼくの自律神経失調症はやっぱりハウスダスト的な何かだったんじゃないかな、なんて考えが強まっている今日このごろでございます。

 

最近試していることがあって、それをするようになってから「非常に」調子が良いのであります。

それは「ハタキをかける」っていうこと。

 

毎日掃除をするようになって140日を超えましたが、日に日に神経の具合が良くなっております。

いままでやっていたのは朝起きて「フローリングワイパー」というもので床を掃除するというものです。

そして1週間に1〜2回は濡れ雑巾で床を拭く。

むろん床だけではなく机や家具なんかも雑巾で拭きますが、ふだんは「ハンディクイックル」というモフモフでホコリを取り除くアレを使っています。

 

ここまでやってるんだから、もうホコリなんかないはずだ!

……と思っていたのであります。

しかしながら、ある晴れて日光がよく部屋に入る日、部屋にはもうもうとホコリが舞っていました。

毎日毎日あれだけいっしょうけんめいに掃除をしていてもわりと大量のホコリが舞っているのでございました。

 

ううむ。

おかしいなあ。

 

おかしいなあ、じゃなかったのです。

ぼくは「道具」を過信していました。

フローリングワイパーといい、ハンディクイックルといい、その主な原理は「静電気吸着」です。

まあフローリングワイパーは物理的な「絡め取り」の機能もありますが。

気がついたのです。

「静電気だけでは、じつはあまり掃除になっていないのでは」

ハンディクイックルは確かにスグレモノで、そっと撫でるだけでホコリが取れます。

しかしどうも思ったほどホコリは取れていないようなのでした。

 

「できるだけホコリを立てないように」

「ホコリをできるだけなくしていこう」

そんな方針で生活をしていると精神的に息苦しくなってきます。

また掃除のときに「そーっと、そーっと」「ていねい、ていねい」ばかりをやっていると、どんどん神経質になってオカシクなってしまいそうです。

たかが掃除にそんなに神経質になる必要がほんとうにあるのでしょうか。

いったい何を恐れて、何を防ごうとしているのでしょうか。

掃除するほどにココロがビョーキみたくなっていったのでは、本末転倒もいいところです。

 

そこで気がついたのです。

「ホコリが立つのなら、立てればいいじゃないか」

つまりハタキで、ハバッサバッサと盛大にホコリを巻き上げてしまえばいいのではないか。

そしてそれを盛大に換気すれば済む話ではないのか。

さっそく静電気系のグッズを使わずトリの毛でできた古式ゆかしい「ハタキ」で家中のありとあらゆるところをハタキまくりました。

そうしましたら、あれだけハンディクイックルで毎日掃除しているところからも、もうもうとホコリが立ち上がります。

やっぱりアレではホコリは除去できていなかったのでした。

 

寒いとかなんとかじゃかましいわワレ、といいながら家中のすべての窓を開け放ち、家具や電気のカサ、壁や天井など目につくところをすべからくブワッサー、ブワッサーとはたき回っていると、どんどんカラダが温まってきます。

そうして窓全開の部屋で扇風機やサーキュレーターで窓の外に風を送っていると、どんどんホコリは出ていきます。

酸素的なことだけでいえば、換気というのはものの5分もやれば十分ですが、ホコリが相手と成るとそうもいきません。

ぼくの感覚では窓を全開にして換気扇を回していても30分から1時間はかかるように思います。

もうそうなってくると「屋内」という感じがしなくなってきて、屋外とおんなじ気温、おんなじ湿度になってきます。

これは寒い!

けど、暖冬でよかった。

寒い寒いいってもせいぜい5度程度だから大したことないです。

「家の中だから」という固定観念を取り去って「わたしはいま、外にいる」と思えば良いのです。

だからちゃんと上着なりを着ていればよいです。

 

さてそんなふうに盛大なるハタキ、盛大なる換気を2日ほど続けましたところ、なんとムネの息苦しさや動悸など自律神経失調症のような症状がどんどん消えていったのでした。

なんだかアタマもスッキリして、気分も明るくなっていきます。

 

そこで思ったのです。

「ぼくはほんとうに【邪気】にやられていたのではないか」

この邪気というのは必ずしもオカルティックな意味のものではなくて、生活するうえで出てくる様々な邪気という意味です。

それはホコリだったり何らかの菌だったりオイだったり湿気だったり、はたまた家を構成する何らかの物質だったり自分自身から出たものだったり、そういったものの集合体。

静電気系のグッズでは払い去ることができないものが、案外あるのかもしれないです。

 

そういえば神主さん使う「紙垂」は、あれはもとはハタキなんだそうです。

「払子」というハタキの仏具もあって仏教でもハタキは法具のようですから、昔の人たちも祓うという行為に重要ななにかを感じていたのかもしれません。

はらいたまえ、ひらきたまえ。

祓わず、閉じて、締め切っていると、邪気はどんどん溜まっていくのでしょう。

暑かろうが寒かろうが関係あるか。

1日1回「窓全開で全力ハタキ」をするのは、良いことなのかもしれません。

 

 

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