身ぢかなやさしさ

こないだ中学生が手作りのマスクを600枚寄付したというステキな話を聞いて、そうだなあ、ぼくもちょっとしたことでもいいから人にやさしくしてみよう、と思いました。

そこでじゃあ、何かあるかな……と考えてみたんだけど、ぜんぜん思いつかん!

うーむ、我ながらじぶんの想像力のなさに辟易しておるところでございました。

 

で、ふと思った。

待てよ。

べつに「他人に」っていう条件なんかない。

 

家族に対してでも、全然いいのではないか。

先日の女子中学生さんのとてもすばらしいところは「大げさでもないし、無理もしていない」というところです。

趣味である裁縫で、純粋な気持ちでしてあげた。

たしか脚の悪いおばあさんが「どこへ行ってもマスクが売ってないのよね……」と嘆いていたことを受けて、じゃあ私は裁縫が好きだし、マスク作ってあげよう! という流れだったと思います。

べつに勉励刻苦無私献身の心境という悲痛なことではなかった。

 

考えてみれば、ぼくはこの10年ちかく、自分のことばっかりだった。

パニック障害などという「なぞの病気」にかかり、会社を辞めたり離婚したり、会社を立ち上げたものの倒産しかけたりして、借金も増え税金も年金も払えず家も抵当に入ったりして、わりとずたぼろな感じになっていきました。

そんな状態だから、はやく病気を治すようにと、いっしょうけんめい考えた。

つまりぼくは、ぼくのことばっかり考えて生きてきました。

 

身勝手、というのとはちがうとは思います。

病気にかかったら、そりゃあどうしたって「じぶんのこと」が優先になります。

でも重要なのは、じぶんのことを優先しようが、そうでなかろうが、病気の治癒にはそれほど強い関係はないということです。

じぶんを優先したからといって、治るというわけでもない。

だからじぶんのことばっかり考えていたというのは明確な理由があるようで、じつはそうでもない。

ただ不安で、そうなってしまっただけ。

 

ぼくが病気になって苦しんだのは、ぼくだけではありません。

まず最もその影響をうけたのは、ほかならない家族です。

原因がはっきりしている病気ならまだしも、今でさえ、その発病メカニズムはよくわかっていない。

だからこそ本人は不安なのですが、家族だって不安です。

種類や程度はちがうけど、苦しんだり、不安になったりしたことにはちがいがありません。

 

ぼくがまずやさしくしないといけないのは、家族なのではないか。

 

娘にも、わるいことをしたなあと思います。

いちばん両親の存在がだいじな5歳ごろ、病気が理由で離婚してしまいました。

ほんとうは別居してほしいと奥さんに打診されたのですが、当時ぼくは不安に苛まれていて発作的な判断をしてしまった。

結婚式では「病めるときもすこやかなるときも」と宣誓したはずなのに、病めるともう離れていってしまうのか。

いちばん苦しいときに別居を切り出されたことで、ぼくは傷ついた。

いま別居するということは、もし治らなければそれは恒久的であるということかもしれない。

最も苦しい時にそうならば、もし治っても戻ってこないということかもしれない。

「そういうことを言うのなら、もう離婚しよう」と言ってしまった。

ここでもぼくの「早急な結論」が影をおとしています。

 

奥さんとぼくのことだけならば、まあそれは、勝手にせよということかもしれない。

結局いちばん被害を被ったのは娘です。

すくなくとも彼女には、ほんとうになんの責任もないです。

なのに娘は毎月ぼくに会いに来てくれて、慕ってくれて、グレることも、へんな方向にすすむことなく、おおきな病気をすることもなく、勉強もまじめにやって、ちゃんと大学に合格し、あまつさえ返却不要の奨学金まで獲得してきてくれた。

当時収入がとても不安定だったので、これはとてもありがたかったです。

そして、かわいらしいすてきな女性に育ってくれていってます。

 

両親にしても、身動きがとれないぼくのために、買い物をしてくれたりしていました。

食事も作ってくれていました。

時折「いい加減にその病気を治せ」などと無茶な事を言われて正直ブチギレたことも何度かありましたが、それでもなんだかんだいって、結局は面倒を見てもらっていました。

 

飼い犬は、ぼくが発作を起こしているといつもそばにきて、じぶんの背中をぼくに「ぴたっ」とくっつけるのでした。

ふだんはメシくれ、遊ばせろ、散歩連れて行けと暴れまわっているくせに、発作のときだけはスっとだまって、寄り添ってくれた。

発作のせいで散歩にろくに連れていけない時期もありました。

でも彼は、文句をいうこともなく(文句いったらコワイが)ずっとそばにいてくれた。

 

ぼくは自分だけが辛いと考えていましたが、実際には家族も辛かったのです。

この病気が治りさえすればすべてうまくいくんだというような、ひどい妄想のナメくさった観念に支配されて、早く治そうとじぶんのことばっかり考えて生きていました。

じっさいには、治ろうが治るまいが人生がうまくいくかどうかなんてわからないのです。

心身ともに健康なひとだって、不幸なひとはいます。

人生がうまくいっていないのは、必ずしも病気が原因ではないです。

それとこれとは、原理的に無関係である。

 

そんなぼくに愛想を尽かすことなく、いままで付き合ってくれた。

まずそっちのほうへ「やさしさ」をお返ししないで、どこへなにを、するつもりなのか。

そりゃあ、赤の他人にやさしくすることも尊いことで、すばらしいこと。

でもそれをやって目の前の恩人たちに何もしないというのは、むしろ論理が破綻してはいないか。

 

脚下照顧。

まず足元を見よ。

 

理想もすばらしいことである、でも、いま、まず、その足元を見よ。

家族へ「ちいさなやさしさ」をプレゼントできないものが、どうして見知らぬ人へ「ちいさなやさしさ」をプレゼントできるであろうか。

というか、それは順序がおかしいのではないか。

 

いまAmazonで買おうとしているそのサプリメント。

それを、母親用のあたたかい靴下にしてみてはどうか。

いま買おうとした、その本。

それは父親の老眼鏡に変えてみてはどうか。

欲しがっていたその洋服。

それは娘のネックレスに変えてみてはどうか。

からだを鍛えるための、エクササイズの時間。

それは飼い犬と遊んであげる時間にしてみてはどうか。

 

ぼくはまず、そんなところから始めなくてはいけません。

あのすてきな女子学生の真似事をするまえに、もっと初歩的なことから、はじめてみよう。

 

 

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