日本神話の癒やし

先日仏教の思想に関していろいろ調べていて「もういいぜ」と思ってですね。

その理由はつまり、あまりにも複雑怪奇すぎてぼくのようなアタマでは到底理解不能なの。

こんなものに時間を費やしたり、あるいは理解ができないからといって「ぼく的な解釈」でオナニー的に満足するのもアレかなと思いました。

 

インド思想の高等さに素直に脱帽したところで、さて、そういえば日本ってそのへんの思想的なところはどうなんだろうか、と思ったのです。

そこで調べてみて、ぼくはまた愕然としたのでした。

思い切っていう。

あほちゃうん?

 

「空(くう)」の思想であるとか、中観とか、唯識とか、存在は本質的にゼロであるとか、そういうことを眉間にシワをよせていっしょうけんめい考えてみて、その状態で日本神話を読むといいです。

もう、そーゆーのが、バカバカしくなっちゃう。

ああ、そうか、こんなのでいいんだ、こういうことでいいんだ、なんて安心します。

 

とくに「オオクニヌシノミコト」と「スクナビコナ」の神の議論は、レベルが非常に高いのです。

二人は言い争いをしていました。

オ)「重い粘土を担いで長い距離歩くのは、すごく大変なんだぞ」

ス)「えー。ウンコ我慢して歩くよりはマシじゃね?」

オ)「なんだと! じゃあ、試してみようじゃあねえか」

ス)「望むところだ。 じゃお前はウンコ我慢して歩けよ」

オ)「おう。 おまえは粘土を担いで歩くんだ」

二人はお互いの条件をもって出雲〜播磨間を二日間かけて歩くことになりました。

ウンコを我慢していたほうのオオクニヌシの歩く速度が、徐々に落ちてきます。

「あ……、あのさあ、もうちょっと、もうちょっとだけ、ゆっくり行こうよ。

ほら、景色もいいし、ね?」

「ハハ、何いってんだ。こういうのは同じスピードで歩かないと意味ないだろ」

「えー」

ようやく播磨の国に近づいてきます。

二人は同着……と思いきや、そのとき、オオクニヌシは言うのでした。

だめ。もう出る。

ゴール目前でオオクニヌシは脱糞してしまいまい、この勝負はスクナビコナの勝ちとなったのでした。

 

ほかにも、ニニギノミコトは美人とブサイクの姉妹の両方を娶る話だったのにカワイイほうだけを嫁にしてブスのほうからすごい恨まれたりしたし、その美人の奥さんはセックスした翌日に子供を生んで「それ誰の子やねん」みたいなことでモメゴトになったりして、家に火つけてその中で子供を産めたら潔白だとかいうクレイジーな話になって、そしたらほんとうに火の中で3人も無事出産したコノハナサクヤヒメの話とか。

スサノオが家の中で脱糞しながら大暴れしたもんだから(どういう暴れ方やねん)、お姉さんのアマテラスは怒ってスネちゃって(そら怒るわな)、引きこもりになってしまったり。

これがもしインド神話とかなら「インドラの矢」でスサノオはブチ殺されてたかもしれないですけども、「引きこもるだけ」って、そのへん、やさしいのかな? どうなんだろう。

 

海外の神様って、みんなすげー怖いんですよね。

密教に出てくる荼枳尼天とか「人肉を食う魔女神」で、ヒトの頭蓋骨をいっぱいつなげてネックレスにしてるとか、完全にホラーだもの。

キリスト教とかイスラム教のユダヤ教系の神様もむちゃくちゃ怖い。すぐ殺すし。

おそらく、日本てやっぱり昔から平和だったんじゃないかな。

日本では毎年11月には神様がいなくなって全員出雲に集まるんだけど、そこで何をしているかというと「だれとだれを結婚させるか」っていうメデタイ会議をしてる。

人類にどのようなバツを与えるか、とかじゃなくて、ナコウド的なことを全員でしてるの。

怖い怖いいってもグロテスクなほど怖い神様とか聞かないし、神様を定義するのは結局人間だから神話の内容とその民族って似てくるんだと思う。

だからそういう意味でいくと、日本人て「やさしくて、すこしバカ」だったんじゃないかな。

いいよね。

賢くて怖いより、何百倍もいいと思う。

 

それぞれの民族は、神話に出てくる神様の子孫だっていう話が多いです。

その伝でいくとぼくたち日本人は「ほんとうにどうでもいい競い合いをしてウンコをおもらししちゃう」神様の子孫だ、ということになる。

ハイレベルだなあ。平和が。

人生を、遊んでるよね。

閃光で地上を殲滅させたり、大洪水で世界を滅ぼしてしまう神様なんかよりも、だんぜんユーモラスでいいです。

 

「国学」というのがあって、本居宣長とかが日本神話やこれに基づく思想の「体系化」を試みた時期があったようです。

そういうのを読むと、ぼくは思うのです。

「屁理屈じゃね」

多分に仏教などのインド思想なんかも入っていて、ばらばらに存在していたピースを強引にカタマリにしている感じがするのです。

これを受けて「神国日本」みたいなイデオロギーが生まれたりするんだけど、これは右翼的なことや軍国的なことと結びついていく。

いや、そんなにややこしく考える必要なくね?

太陽がいろんないのちを生み出して、それこそが海の幸、山の幸。

かみさまは基本人間を生かしてくれる「ええやつ」で、かみさまがくれた海の幸山の幸を、ぼくたちはラッキー、ありがとね、って美味しい美味しい尻尾振って食っとけばそれでいいじゃん。

で死んだらみんな、神様になんの。

恨みや怒りをもって生きていたら死後タタリ神になって災いのもとになり、にこにこして生きていたら、死後はウブスナの神になっていろんなものを育てるの。

だから生きているうちはできるだけニコニコしてようぜ、って。

だれかをタタリ神にしないよう、いたずらに怒らせたり恨ませたりしないようにしようぜ、って。

も、それでよくねえか?

難しいことをいくら考えたって、結局結論が出ないんなら、考えるだけムダ。

シンプルなことじゃないと、結局実行できないんですよ。

それよかこの世界はすばらしいんだ、すげーいい場所なんだ、って考えながら生きていくほうがずっと合理的です。

 

さて、ではぼくも、ウンコしてこようっと。

もちろん、トイレで。

 

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