文句を言う資格

朝ポストに新聞を取りに行ったら、手書きの小さなメモが入っていました。

「早朝はもう少し静かにしてください」

ん?

どういう意味だろうか。

 

思い当たるのは、最近朝に掃除機をかけていることです。

ただしその時間は6時半ぐらいです。

朝の6時半というのは「早朝」に該当するのだろうか。

そしてぼくの家は一軒家です。

マンションのように隣接しているわけではないし、掃除機をかける時間は30分程度で、そんなに盛大にやっているわけではないから、よくわからない。

じつをいうとこのようなメモは過去に1回入れられていました。

これで2回めである。

 

これはぼくの主観的な概念ですが、おひさまが登ったらそれはもう「朝」で、そこから1時間ぐらいまでが「早朝」と考えています。

最近は日の出時刻は4:50ぐらいだから、5:50までが「早朝」という定義になるのでは、と考えていました。

またサラリーマンなどが出勤をするのも7時台が多く、6時にはもう起きているだろうから、6時半というのはもう「早朝」という分類にはあてはまらないのではないか。

しかし、これはあくまで「ぼくの考え」です。

気象庁の定義によると早朝というのは「午前3時ごろから午前6時ごろ」ということらしい。

だから6時半というのは、ぼくの定義でも、気象庁の定義でも、もはや早朝ではないということになる。

 

だれが、このメモを入れたのか。

じつはもう、推測がついています。

ぼくの家のまわりは空き地がや空き家が多いのだけれど、ある家の一部だけが、ごく近くに隣接しています。

その家には黒縁メガネをかけた神経質そうに痩せた女が住んでいて、そもそもぼくがこの家に越してきたときにエアコンの室外機の場所についてとやかく注文をつけてきました。

理由は「うるさいから」とうことでした。

なるほど、それは確かにそうかもしれんと思ったので、別の場所に移したらこんどは「洗濯物を干す場所を変えてほしい」とか言い出した。

しょうがないので、すこし干す場所を移動しました。

しかし、そんな細かいことを言うわりには、その女の家の洗濯機は外に置かれていて、夜中にゴウンゴウンと洗濯機を回していて、けっこううるさい。

自分が立てている音には無頓着で、ひとが立てている音には文句をいう。

幸いぼくは物音に対して無頓着なので、その家になにも文句は言っていません。

 

このへんにきて、ピンときた。

「あ、コイツ『あたおか』だな」

あたまおかしいのである。

医学的には強迫神経症とかそういうのに分類されるのかもしれないけど、ようするに些細な物音などに過敏で神経質なひとがいる。

ぼくもパニック障害をやっていたから、そのへんに理解がないわけではありません。

中には些細な物音が気になって眠れないという人もいることだろう。

それにもしかしたら、その家族の誰かが夜勤なのかもしれない。

もしそうだとしたら、その家が夜中に洗濯機を回しているのにも、朝の6時台の物音に過敏なのにも、納得がいきます。

 

だからぼくは、腹がたった。

言えや! ちゃんと! 面と向かって! 正確に!

 

ぼくは決してその人が神経質であることに腹は立てていないし、むしろ申し訳ないとも思っています。

だから改善したいとも思っている。

しかし、どうしたらいいのかわからないのです。

ぼくだって仕事をしている、だから朝の時間帯に掃除をするのがいちばん理にかなっている。

しかしその時間は厳密ではないから、多少ずらすことは当然可能です。

でもじゃあ、何時までズラせばよいのか。

7時ならよいのか、8時ならよいのか。

彼女にとって何時までが「早朝」で、そしてなにが理由で早朝の音が気になるのか、伝えてもらわねばわからない。

ぼくは超能力者ではないのである。

 

腹が立ったのは、そこに「甘え」があるからです。

「私が困っていること、思っていることは、相手も同様に感じていて当然である」

とでもいうような、非常に主観的で独善的で田舎者的で排他的な観念が存在している。

だからこそあのようなザックリとしたメモを匿名でこそっとポストに入れるという、姑息な手段をとるのである。

そして匿名であるということは、「こういうことを言うと相手が怒るかもしれず、事を荒げたくない。しかし主張はしたい」という、非常に幼稚でケツのアナの狭い了見を持っている。

甘えるな。

文句があるなら、正々堂々と言え。

そこでこちらに非があって改善すべきであるとしたら、ぼくは当然そのようにする。

ことばを、ナメるな。

意見はもっと緻密に正確に伝えなくてはいけない。

 

だからぼくは、いったん無視をすることにしました。

「早朝」の定義とその理由を論理的にちゃんと述べてくるまでは、この件は「なかったこと」にする。

この陳情は、完全に無効である。文句を言ってないのと同じである。

そしてもう一回メモが入ったら、直談判することにする。

あの神経質そうな女の家に訪問して、

「これを入れたのは、おまえだな」

早朝の定義と要望について、きちんと明確にインタビューしてやろう。

「ちがいます」とかいって逃げたりしたら、無視をつづけよう。

 

勘違いをしている人が案外多いけど、文句を言うのには「資格」がいるんですよね。

自分の要望とその合理性をきちんと客観的に整理して「相手にもわかるように」伝えることができるという能力を持っていなければならない。

その能力も、勇気も、一時的に揉める覚悟もないのであれば、泣き寝入りをしていれば良い。

いくら善良なひとであってもひとそれぞれの生活パターンや概念の個別定義があるし、ましてや超能力者ではない。

理解しようにも理解するための材料がなければ、なにも生まれないし、変えたくても変えられない。

「正々堂々」であることが、文句を言う最低限の資格である。

 

ぼくは頭のおかしい人に協力はするけれど、同情は一切しない。

わからんもんは、わからん。

勝手に怒って、震えておれば良い。

おまえのあたまがおかしいのは、おれの責任ではない。

 

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