母の予言

家の掃除を毎日するようになって180日以上が経過し家の中に「地獄」はなくなりました。

不要な家具などもどんどん捨てて、大掛かりな掃除はそろそろ必要なくなってきています。

そうなってくると、徐々に気持ちが「外」へ向かいはじめました。

最近は庭の掃除やレイアウト変更などをよくやっています。

 

最近不可思議なのが、暑さに強くなったのであります。

直射日光にも強くなった。

もともと暑さに弱くて、ちょっと気温が上がると大汗をかき、気分がわるくなり、ひどいとパニック発作が出たりもしていました。

しかし最近は、暑さがぜんぜん気にならない。

先日は庭の犬小屋あたりを掃除し、大幅に陣容を変えました。

かなり日差しが強い日で、5月といえども夏日でした。

以前はちょっと日光がキツイだけでヒイヒイ音を上げていて、庭で肉体労働をするなどとんでもなく考えるだけでもゾっとしていましたし、実際にやるとフラついたり吐き気がしたりして発作が出そうになり、作業は1時間と保ちませんでした。

しかしどういうわけか、まったく日差しがこたえない。

帽子もかぶらず炎天下でガンガンに日を浴びながら作業をしているのに、まったく疲れないのです。

両親も、

「おまえ、どうしたんだ。おかしいぞ。きゅうに元気になってるじゃないか」

そうなんだよなあ、おかしい。じぶんでも、そう思う。

結局3時間以上炎天下で仕事をしていたのですが、それほど汗もかかず疲労感もありませんでした。

 

そして今日はそこそこの「大仕事」をやりました。

「畑の大移動」

畑といってもブロックで囲まれた2×1メートルほどの小さなものですが、それを庭を横断させて移動しようというものです。

ブロックの数は32個。

それをひとりで移動させなくてはなりません。

本日も夏日で、ぎらぎらと太陽が照りつけていました。

おかしい。

ほとんど疲れない。

腰は痛いのです、やはりブロックを抱えて庭をウロウロするというのは腰にくる。

しかしぼくの最大の苦手であった「暑さ」「直射日光」は、ほとんど問題がありませんでした。

結局2時間程度で32個のブロックを全部積み替え、庭中から砂利も集めてきてブロックの穴に流し込みました。もちろん、ぜんぶ一人でです。

ここに土を移動させてこなくてはなりませんが、そこはさすがに「腰」に限界がきて、明日にすることにしました。

腰はつらいけど、べつにシンドクはありません。

あと10分ほど休憩したら、べつに土の積替えもやっていいかな、と思えるぐらいです。

 

いったい、なにがあったんだ。

 

そういえば以前、母が言っていたのです。

50歳を超えたら、急に元気になるわよ。前よりも元気になるぐらい

母もそうですし、ぼくのおばあちゃんもそうでしたが、35歳ぐらいから突如自律神経の調子を崩してしまいロクに動けない状態になりました。

当時は病院にいっても「原因不明」ということでしたが、今考えてみれば母と祖母のこの症状は「パニック障害」だったのかもしれません。

断続的に動悸がして息苦しく、死ぬのではないかという恐怖がずっとあったそうなのです。

「救心」を飲んでも漢方薬を飲んでも、なにをしても治らない。

そのうち外出もしずらくなり、寝込んでばかりいる日が増えていきました。

そしてぼくも、36歳のときにパニック障害を発症しました。

そこから10年以上体調不良は続いていて、ヨガをしようが食事療法をしようが整体に行こうが、まったくいっさい治らず、むしろ悪化の一途をたどっている感さえありました。

 

母も、祖母も、「ある日とつぜん」治ったのだそうです。

50歳を超えたとき、とくになにかをしたわけでもないのにきゅうに体調が良くなって、むしろ体調を崩す以前よりも元気になった。

病院に行ってもなぜ治ったのか、さっぱりわからなかったらしい。

 

じつは先日、ぼくは誕生日を迎え、50歳になったのです。

……むむっ。

この「50」という数字。

母の「予言」が当たったのだろうか。

 

毎日座禅をするようになったり、同時に掃除も毎日するようになって、そこから少しずつ体調が良くなっていたのは事実です。

しかし、では座禅や掃除がパニック障害や外出恐怖、その他もろもろの自律神経失調の症状に「効いた」のかというと、じつは断言ができないのです。

それらをやりはじめたのは180日ほど前、つまり約半年前です。

確かに座禅と掃除は1日も過たず100日間連続で実行し、その後も掃除は毎日つづけ、座禅も1日おきにはやっています。

たかだか半年ほどの努力で、これほどの効果が出るだろうか。

じつはぼくはヨガもしていましたが、これは「3年」の期間、ほぼ毎日まじめにやってきました。

でもまったくといっていいほど、効果がありませんでした。

痔や腰痛が治るとか、肩こりがマシになるとか、もちそんその程度の効果はありました。

しかし肝心のパニック障害や外出恐怖については、まったく一切関係ありませんでした。

 

ヨガは3年間継続しましたが、座禅の開始とほぼ同時に「捨て」ました。

ヨガのエクササイズをやめるだけでなく、イデオロギー自体を放棄した。

そこから約半年、座禅と掃除だけの日々を送っていきます。

そして50歳の誕生日を迎えてから数日後、突如として「暑さや日光に異様に強くなる」という変化が起きた。

まだジョギングなどをしていたのなら、理解はできます。

座禅や掃除なんてものは、ずっと「屋内」なのです。

日光や暑さに接する機会はむしろ少ない。

それなのに、直射日光が脳天を直撃していても、なんら違和感を感じなくなっていた。

 

「座禅が効いた」「掃除が効いた」そう思いたい。

でも客観的に事実をつないでいくと、やはりそうとは言い切れないのでありますよね。

人間というものはなにか変化が起きたときの直前に行っていたことを、その「原因」だと思いたがり、「効いた」と思いたがる生き物であります。

しかし冷静に事実をつないでいくと、必ずしもそうとは言い切れないことがほとんどである。

今回のぼくの件も、まさにそうだと思うのです。

 

それよりも、もっと説得力のある「事実」があった。

ぼくの母も、おばあちゃんも、ほぼ同じ時期に神経を壊し、ほぼ同じ期間苦しみ、ほぼ同じ「50歳ぐらい」で、きゅうに改善した。

この一連の事実のほうが、ぼくの座禅だの掃除だのといった努力よりも、圧倒的な説得力をもって抱きついてくるのでございます。

 

血は争えぬ。

ぼくはいまこのことを、非常に強く感じています。

もしかすると、このようになるように「仕組まれていた」のではないか。

これはすべて「プログラム」だったのではないか……。

「努力」とはまたちがう「変化のトリガー」が、あきらかに存在するように思う。

これを知らず努力こそが全てだと思い込んだとき、人は苦しみはじめるのではないか。

 

  • ぽぽんた より:

    すごい なあ

    なんだか よく わからないけど

    でも

    よかった

    関係 ない  かも しれないけれど

    何日か 前  かな   ふ と

    宗教 とか  いうことと 別 に

    てらちゃん には

    信心   が ある って 

    だから …

    大丈夫   

    そんな  うかんだり していました ˘ ˘*ゝ

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