あとはもう、ダバコだけかもなあ

毎日掃除をするようになって200日以上が経過しまして、それとたぶん関係して、パニック発作が激減しました。

外出恐怖もかなりマシになってきています。

ぼくの場合はおそらくハウスダストアレルギーが発作のトリガーのひとつだったのだと思います。

 

さて、わりとそんな良い感じで推移していますが、まだ完璧ではありません。

2年ほど前から軽い喘息のような症状があって、たまに気管支がヒーヒーいうし、黄色いタンが出ることもある。

掃除を毎日するようになってこの症状もかなり良くなってきてはいますが、きゅうに気温や湿度が変わったりすると息苦しくなることがあり、またこれがきっかけとなって、発作には至らないものの、あのパニック発作を引き起こす「やな感じ」がすこし顔を出すことがあります。

 

別件で2年ほど前からお酒をやめてしまって、すると体重が図ったように標準体重になり、暑さにわりと強くなってきて、いろいろ調子が良くなってきました。

またそれと関係あるのかどうか、むかしは脂っこい肉とかが好きでしたが、最近はべつに肉がなくてもぜんぜん生きていけるぐらいになってきました。

ほかにも、辛いもの、しおからいもの、甘いもの、ジャンクフードなど、そういうのは「受け付けない」というほどのことではありませんが、べつにいらん、というふうになってきています。

そしてパニック障害になってからカフェインもやめてしまいました。

へんなもので、ヨガを修行しているときにはそういったものを欲しがる傾向にあったのに、ヨガを断捨離してからのほうが、いろんなものをやめていったのでした。

これはなぜなのかよくわかっていませんが、おそらくは「ヨガというイデオロギー」に拘束されていて、それがかえって心の毒になっていたのかなと思います。

生きていくことについてイデオロギーや知識による後付けのルールを強制すると、むしろものごとは不自然になっていって、結果変な方向に向いがちなのだと思います。

よけいなことは、しない。

目的こそ捨てる。

それが結局、ぼくにはいちばん必要なことだったのかなと思います。

 

さて、そんなことだから、ぼくはもはや修行僧か仙人のような感じになってきています。

夜は8時ごろには布団に入り、朝は5時前に起床。

床にモップをかけ、トイレ掃除をし、朝食をとり、仕事にとりかかる。

3食は少食で、あまり肉類はとりません。

間食はお菓子類ではなく、果物やナッツが多いです。

午後からは家じゅうにハタキをし、掃除機をかけ、天気の良い週末なら床のぞうきんがけをします。

朝か夕方には散歩にいく。

夜は7時以降は原則テレビやパソコン、スマホは使わず、紙の本を読む程度です。

むろん、お酒なんか一滴も飲みません。

ただこの生活は、「そうしようと思ってそうなった」わけではない、ということです。

だからなにも我慢をしていない。

毎日掃除をし、ヨガのイデオロギーを捨てたとたん、そのような生活になっていった。

よけいな知識をつけたりよけいなことをグジグジ考えたりすることをやめたら、生活は自然とそのようになっていくようでした。

 

まるで仙人のようではあるが、一点だけ、まだ残っていることがあります。

タバコです。

3年ほど前から強いタバコをまずいと思うようになって、1mgのメンソールに変えました。

なぜメンソールかというと、ニオイがマシだからです。

昔は10mgとかのタバコを1日に2箱とか吸っていましたが、いまは1mgのメンソールタバコを2〜3日で一箱、という感じで、本数はかなり減っています。

・・・だからほんとうに思うのですが、

「そんなんやったら、もうやめてしまえ」

1mgのタバコなんか、吸ってるのか吸ってないのか、よくわからん。

わからんものを、なぜ吸い続けているのか。

 

ぼくは驚いているのですが、お酒よりもタバコのほうが断然強敵でした。

お酒の方はどういうわけか、ある日を堺にほんとうに「突然」やめてしまって、それまではウワバミがごとき大酒飲みだったのに、以来一滴も飲んでいません。

ここで重要なのは、ぼくはほんとうになんにも我慢していなくて、冷たいビールを飲むぐらいなら冷たい麦茶のほうが断然うまいと、ほんとうに感じています。

お酒のほうはあんなにスンナリとやめられたのだから、タバコだってそのうち・・・と思っていました。

でも、ぜんぜんダメだった。

タバコのほうが、お酒よりも依存性が高いようなのです。

気管支や喉の炎症を、ニコチンが抑えてくれるというのは一応あります。

お酒を飲むとタバコを吸いたくなるのは、アルコールによる粘膜の炎症をニコチンがすこし抑えてくれるからなのです。

だから炎症反応を抑えるようにすれば、タバコの量は確実に減る。

じっさい毎日掃除をするようになったら、タバコの本数は減っていきました。

 

しかし「依存」の怖さは、ここからなのであります。

減るには減ったが、やめられない。

ああだこうだと理由をつけては、結局吸ってしまうのであります。

薬物依存の怖さは、このように大脳皮質までをもハイジャックしてしまうところでありますね。

まさに悪魔、意思の強さとはあまり関係がなく、憑依先が「こころ」だから思考も行動も征服してしまうのであります。

 

タバコをやめてしまったら、もうあとは何もすることがない、ぐらいなところまできてしまいました。

お酒も、菓子類も、肉類も、イデオロギーも、「それがないと人生がつらい」というものはもうほとんどありません。

もうあと一歩のところまできている、ような気がする。

 

タバコを吸うひとは、吸わないひとに比べてパニック障害になる確率が「36倍」高いという報告もあります。

またニコチンはたしかに神経の炎症を鎮めてくれる薬効はあるが、これを常用することで、ぎゃくに「自力で炎症を抑えられない」体質になることも考えられます。

お酒でハイテンションになるクセがついてしまうと、自力でハイテンションになれなくなるのと同じ構造ですね。

 

お酒も、カフェインも、ニコチンもいらない。

そんなものに「頼って」生きていくのは、人生を歩んでいるとはいえないと思う。

ぼくはたぶん、アルコールについては依存症ではなかったのだと思う。

だからすんなりやめられて、いまもって飲みたいとは思わない。

僕が依存していたのは、ニコチンだったのかもしれません。

お酒は自動的にスパっとやめられたのだから、タバコもそのうち自動的にそうなるのかも、と期待していました。

それではやっぱり、ダメなのかもしれない。

ここについてはやはり「意思と行動」が必要なのかも。

失敗してもいい、やっぱり「やめること」は、明示的にやっていこうと思う。

 

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