朝9時までに、仕事を終らせよう。

大いなる勘違いをしていたのであります。

コロナが流行るずっと前からぼくはリモートワークでした。

家で仕事をしているのだから、勤め人の人に比べたら、ぼくはずいぶんラクをしているんだ。

ずっとそう思ってきました。

 

コロナの流行以降、リモートワークもずいぶん浸透してきて、すると新たな問題が出てきたらしい。

それはなんと「過労」。

えっ、家でマイペースに仕事してるのに過労って、ホントに?

でも考えてみれば、あたりまえなのでした。

 

ぼくも10年ほど会社づとめをしていた経験がありますが、「疲れた感じ」はけっこうあるものの、実際にはそれほど疲れてないことのほうが多いのでありますね。

理由は「非生産的」だからであります。

まず通勤があって、この通勤時間というのは労働時間ではありません。

会社に行ったら行ったで、会議やミーティングがあったりします。

会議やミーティングは仕事といえば仕事ですが、直接生産には関係しておらず、もう思い切って行ってしまえば、これは仕事ではない。

仕事をより効率化するためであったり、情報を共有するためであったり、ブレーンストーミングをするためであったり、確認作業であったりして、これはようするに、アルゴリズム生成のための作業といえる。

だから「会議用の資料を作る」というのは、仕事をしているように見えて、じつはなんにも仕事はしていないことになる。

 

そして会議が終わったら終わったで、ばかな後輩とかにあれやこれや教えてくれとか頼まれる。

せっかく集中して業務に入ったと思ったらこんどは上司が横から割り込んできて、急いであれをやってくれだの、これをどうかしてくれだの、いちいち邪魔しやがる。

しまいには、ほんとうにどうでもいい会話につきあわされたりすることもある。

月末には達成会などと称して飲みにいったり、月末でなくとも「メシでもいく?」なんつって夜遅くまで飲み会につきあわされたりもする。

そこでほんとうにどうでもいい愚痴や、なんの生産性もない妄想話につきあわされたりもする。

つまりアレだ。

こういうのは、たったひとことでいうと、こういうことになる。

 

 

 

なんにもしてねーじゃねーかー!!

 

 

 

なんにもしていない時間。

これは一種の幸福であって、ぼくは決してこれを否定するものではありません。

しかしながら、残念ながら、冷酷な事実がある。

会社に行くと、仕事にならない。

気持ちとしては、いろんなことに気を使ったり、振り舞わされたり、イライラしたりすることがあるから、疲れているような気はする。

でも大丈夫なのであった。

だって、なんにもしていないからである。

 

「疲れている気がする」の「気がする」に征服されていたから、在宅ワークになるとラクになったような気がする。

だれもじゃまをしないし、だれにも気を使わなくていいし、自由に集中できる。

効率という点では、最高であります。

ああ、ラク。

 

ラクだから、こわいのですね。

集中しすぎて、根を詰めすぎて、無意識にオーバーワークをしてしまうのであります。

むろん、なかには家だとまったく集中できなくて、ゴロゴロしたり、マンガ読んじゃうっていう幸福な体質のひともいます。

しかし日本人の多くには「根っこは真面目」みたいなのがあって、一切の妨害なく自由に集中して良いといわれると、気が狂うまで集中してしまうひとも多い。

しかし、よけいなことがないから、気持ち的にはラクな気がしている。

だから、こわい。

まったく自覚しないまま、「過労」へ猛ダッシュで突進していくのでありました。

 

そこで反省をするものの、人間は弱い。

「時間配分や体力配分がヘタ」

「メリハリをつける」

「適度な休憩」

ついついこのような「寝言」に振り回されてしまう。

そうなのです、このようなアドヴァイスはすべて、「寝言」なのであります。

メリハリをつけろと言われて、はいわかりました、きょうからメリハリをつけますといって、そのようにできるひとなどいない。

時間配分や体力配分を考えよと言われて、はいわかりましたといって、そのようにできるひとはいない。

適度な休憩を取れといわれて、すぐにできるひとはいない。

つまりこれらはすべて「実行不能な世迷い言」以外の、何者でもないのでありました。

だからテレビとかに出てくるへんな医者みたいな話は、聞かんほうがマシなのである。

そーゆーことでは、ないのでありますね。

そーゆーことでは、ないのだ。

 

「在宅ワークは生産性が高い」

ということを、まずがっつりと知るべきなのでありますね。

生産性が高いのであれば、ではどうするべきなのか?

それは、労働時間をぎゅうぎゅうに「圧縮する」こと以外にないのでありました。

 

会社では、9時から5時が業務時間だとする。

在宅ワークにこのタイムラインを取り入れたら、それはもう完全に働きすぎなのでありました。

効率化度合いは人によって違うだろうけれど、ざっと「半分」として良いと思う。

だから9時から業務を開始する場合は、午後1時が終業ということになる。

1日4時間も働けば、それは会社の8時間に相当するのであります。

 

そしてこれを、「前倒し」する。

べつに朝の9時から仕事をせねばならぬという法律はない。

朝の5時からやっても、べつにええんである。

だから朝の5時から業務を開始して、9時にはもう「終業」しても全くカマワヌのでありました。

 

じつは最近、ずっとそのような感じで仕事をしています。

実際には朝の6時から仕事を開始して、9時半にはほとんどの仕事を終えてしまう。

ちょっと忙しいときでも、午前中には終わってしまうのであります。

9時以降は終業だから、いわば休みみたいなもの。

すると、どうなるであろうか。

 

毎日が休日

 

みたいになるのであります。

朝の9時から自由になったら、毎日に途方も無い「自由時間」がうまれる。

朝9時以降は洗濯や掃除、洗い物などの家事などをやって、食材を買いに行ったりする。

あるいは散歩やジョギングをするのも良い。

そして夜の9時には、もう寝てしまうのであります。

そうすれば、朝の5時に起きても8時間睡眠。じゅうぶんである。

そして午後からは、遊んでもよいが、勉強をするという手もある。

「労働」は午前中に終えて、午後は「教養」を育むのである。

 

じっさいのところ、しっかり集中してやれば、だいたいの仕事は4時間程度終えることができるのでありました。

そしてむしろ、1日に4時間以上集中してはならない。

あたまや神経が暴走しはじめて、狂気を発生させるのであります。

強い集中は、狂気を生むのです。

たいへん危険であります。

 

1日8時間労働が基準なのは、「邪魔が入る環境(会社)だから」。

人や仕事内容にもよりますが、邪魔の入らない環境であれば、その半分以下の時間が「基準」となるのだと思います。

 

在宅ワークは、過労の危険性をはらんでいる。

このことは重々承知をしておいたほうがいいだろうなと思います。

 

 

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