あまり消毒しない生き方

すいぶん前に「タモリ式入浴法」というのを試した時期がありました。

お風呂に入る時に、石鹸のたぐいを一切使わないというやり方です。

半年ほど続けましたところ、水虫になった。

もともと水虫なんかなかったのに足の「甲」に水虫ができて、だから水虫というよりは「たむし」の類だったのかもしれません。

石鹸を使うようになったら、スっと治りました。

 

なのでぼくは、そのときにこう結論したのです。

「やっぱり石鹸は使わないとダメなんだ!」

発展途上国などでも石鹸を使うようになってから圧倒的に疫病が減ったりしていて、やはりこの世にあるものは訳あって存在しているわけで、そういったものをイデオロギーのようなものでカタクナに拒否するのは間違っているんだ。

不潔のほうがいいという、あの「マイクロバイオーム」という発想も、きっと間違っているにちがいない。

そのように、思ったのでありました。

 

さて、そこからは毎日石鹸を使うようになりましたし、「除菌」ということを真剣に考えるようにもなりました。

今思い返せばちょうどその頃からなのですが、妙にノドやムネに違和感を感じるようになっていました。

どんどん悪化する感じで、真っ黄色のタンが出たりもして、すわ肺炎ではないか、結核ではないかと不安になりましたが、熱は出ないし、べつに倦怠感もない。

なのでアレルギー性の喘息なのかなあと考えたりしていました。

 

その頃のブログを読み返していて、妙なことに気がついたのです。

ぼくのムネの具合が悪くなる直前に始めたり、行ったりしていたことにある共通項がありました。

・掃除の習慣化

・カビキラーやウタマロクリーナーの常用

・アルコールや次亜塩素酸水での雑巾がけ

・「リステリン」で毎日口をゆすぐ

・うがい薬でしょっちゅううがいをする

 

「除菌」であります。

いわゆる「クスリ」でもって除菌をし始めてから、どうもノドやムネの具合がおかしくなっている。

 

これに気がついたからではないのですが、ここ2週間ほど、じつは除菌をやめていました。

お風呂でも石鹸を使うのは1~2日に1回で、それ以外はシャワーでサーっと汗を流すだけ。

カビを見つけてもカビキラーを使うのではなく、雑巾や爪楊枝で、根気よく取り除くようにもしていました。

トイレ掃除も毎日するけど濡れ雑巾で拭くだけで、手袋もしないし、薬品も使わないし、そのあとに石鹸で手を洗うのではなく、水で手をすすぐだけ。

つまり、お風呂も掃除も毎日だけど石鹸のたぐいはほとんど使わず、除菌もとくにしない。

どうしてそうするようになったのかは、よくわからないです。

 

そこで不可解なことがあって、「明らかに」ノドやムネの調子が良くなりました。

今までは良くなったり悪くなったりを不安定に繰り返していて、しかし原則として息苦しかった。

でも最近は、あの黄色いタンが出ることもほとんどないし、ずっとのどがヒーヒーいっていたのが、あまり言わなくなってきました。

これについては「石鹸類の中止」と、時間的に強い相関関係があるようなのです。

 

ヒトのヒフにはわるい菌やウィルスを退治してくれる「常在菌」という菌がたくさんいるのだそうです。

しかし石鹸を多用したり、神経質に除菌を繰り返しているとこの常在菌が死滅してしまい、いわば一時的に「菌的な素っ裸」になってしまうらしい。

そのときにたまたま何らかの菌に接触してしまうと、あっというまに「侵食」されてしまう。

言ってみれば警察を全滅させたら、ヤクザやドロボーが大繁殖する感じですね。

ただ幸いなことに、ヒトのヒフの場合は石鹸の使用を中止するだけで、ほとんどの場合48~72時間でほぼ元のとおりに常在菌は復活するらしいです。

 

ある研究があって、アメリカには「アーミッシュ」というキリスト教徒がたくさんいます。

どういうわけか、わからないのだけれども、彼らの子どもには明らかに喘息やアレルギーなどの疾患が少ないのだそうです。

アーミッシュというのは現代でも古い生活様式を維持していて、電車や車は使わず馬車で移動し、ネットやスマホはおろか電気やガスも使わないそうです。

ほとんどが農家で自給自足をしていて、子どもは毎日ウシやヒツジなどの世話をしているらしい。

なので科学者は「動物の多様な菌に日常的に触れていることが、喘息の圧倒的な少なさに関与しているのではないか」という推測をしているそうです。

 

「清潔にすると、弱くなる」

というのは、あるのかもしれませんね。

ぼくは今回反省をしていて、ぼくにはとても「極端」なところがあります。

タモリ式入浴法をやるといったら、意地でも一切石鹸を使わず、毎日継続し、長期間やってしまう。

「数日おきに」というファジーさというか、バランス感覚が欠けている。

なんというか原理主義に傾注しやすい特性があって、ぼくみたいなのが宗教に目覚めたらカルト化していくんだと思う。

そんな極端なことじゃなくて、いいんですよね。

「石鹸は悪だ」とかじゃない。

石鹸はやっぱり、いいやつなんだ。

でも、いいやつだからこそ、使いすぎると毒になることもある。

だいじな細菌叢まで破壊して、しょうもない風邪の菌にもやられてむしろ病弱になっていってしまうかもしれないんだよなあ。

 

いいことも、毎日やったら、毒になる。

不潔すぎたら病気して、清潔すぎたら病気する。

完璧は、完璧な不完全。

すこしだけ、きたないぐらいが、ちょうどいいんだなあ。

ヒトのココロと、おんなじですね。

 

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