ストレスに弱いのではない。腹筋がストレスに反応しているだけかもしれない。

緊張しやすかったり、怖がりだったり、ストレスを強く感じる性格だったりすると、みんな口をそろえて「ストレスに弱い」「こころが弱い」「精神が弱い」などという。

とうとう、精神科や心療内科の先生までが、そんなことを言い出す。

なんだろう。

これって「精神論」じゃないのかなあ。

 

ぼくは案外、そういうことではないのかもしれないと、最近思うのです。

何らかのイヤな刺激に対して過剰に反応することを、「こころの弱さ」というふうに定義すると、なんだか「わかったような気」がして、それで終わってしまう。

こころが弱いのは性格で、性格は経験や遺伝で形成されるからなかなか変更しにくくて、だからワタクシのココロが弱いのは、わりともうどうしようもないのでありました。

などという、悲劇的な感傷をもって、話を終わらせようとしてしまう。

 

よくよく観察すると、べつに「こころ」なんか、あんまり関係なかったりするんですよね。

こころの強弱ではなく「反応のクセ」みたいなことだけだったりもする。

性格は治らなくても、クセなら治る。

 

人間という生き物は(もしかしたら動物全員かもしれないが)、不愉快な刺激を受けたり怖い思いをしたりすると、腹筋が強く収縮する。

このことによって腹圧が急上昇し、あたまに血がのぼって、手足など末端の血管が収縮し、いわゆる「のぼせ」のような状態になる。

すると神経が過敏になって精神的には恐怖や怒り、焦りなどを強く感じるようになり、肉体的には手足が冷えて頭が熱くなり、呼吸が浅くなり、換気効率が悪化し、酸欠あるいは有毒ガスが過剰になり、異様な息苦しさを感じるようになる。

これが継続すると、三半規管や自律神経などにも異常反応が出て、めまいやふらつき、動悸などが頻発することもある。

人によっては、腹筋が常時収縮することで腹部の血行が悪化し、居の痛みや吐き気、下痢や便秘なども起こすようになる。

 

「刺激」→「腹筋の収縮」

 

これを「やめる」トレーニングをすることで、いわゆるストレスに弱い体質を改善することができるかもしれない。

これは理屈ではなく、ぼく自身の身を以て実験したことでもあります。

 

いまから半年ほどまえ、朝起きたらきゅうにあたまがカッカしてきて、息苦しくなり、しょっちゅうパニック発作が出るという時期がありました。

そのときに気がついたのですが、そのような不可解な状態になっているときは、100%腹筋が「きゅっ」と萎縮しているのでした。

この萎縮を取り除く工夫をすると、俄然、体調はマシになっていくのでありました。

 

まず、なぜ朝起きると腹筋が「きゅっ」となるのか。

これはようするに、当時は過労だったのであります。

朝起きたらすぐに仕事に取り掛かるというライフスケジュールをやっていて、だから朝起きたらすぐに「あれをやらねば、これをやらねば」と、あたまのなかに「ねばねば」が生まれてくる。

いっぱい考えないといけないから、すると当然、脳みそにもいっぱい血液が必要になってくる。

あたまに血を送ろうとして、無意識に腹筋やコーモン様に力をこめて腹圧を上昇させ、下方や末端から血液を押し上げるのでした。

強引に目覚めようとする、難しいことを考えようとすると、腹筋はすぐさまに反応するのですね。

これが恒常化することで、パブロフのイヌ的に、同じ時間になると自動的に腹筋が緊張するようになっていく。

 

このことに気がついて、

「そもそも、そんなにアタマ使うことでもねーや」

と思い直した。

そして、

「朝起きてすぐは、アタマじゃなくてカラダを使おう」

とも思った。

そこで朝起きたら散歩に行くとか、掃除をするとか、「あまり頭を使わないことで、そんなにイヤでもないこと」をするようにしました。

そしたら徐々に、腹筋は不要な萎縮をしないようになりました。

となると当然、あたまに血は登りにくくなり、へんなイライラや動悸、不安も減ってくる。

 

結局いちばん手っ取り早い方法は、

 

呼吸に注目する。

 

ということのようです。

「今日のスケジュールは」「あ、きょうゴミの日かな」「天気によっては洗濯しないと」「メシなににしようかな」「ああ、仕事ヤだなあ」などなど、いろんな想念がブワーっと上がってきたら、それを無視して呼吸だけに集中する「練習」をする。

呼吸というのは、おなかがしっかりゆるんでいないと、できないのであります。

ゆっくり吸って、ゆっくり吐いて……と、呼吸「だけ」に注目する練習をすることで、いがいと腹筋は早々にゆるみはじめる。

おなかがしっかりと、ダラーンとゆるんだら、もうイライラも消えている。

呼吸もゆっくり、深くなっている。

 

「腹筋による、血の絞り上げ」

これが自律神経系の不調の、原因のひとつになっているんですね。

まじめな人が神経をイワすのは、ここにポイントがある。

まじめなひとは、この世の多くのことは自分でコントロールできると勘違いをしていて(ふつうに考えたら、そんなワケはないんだけどなあ)、だから事あるごとに「本気で」対峙する。

いいかげんに対峙するとか、向き合ったフリだけしてるとか、そういう柔軟なことができないのである。

 

だから最大の根本原因は「傲慢」なのですよね。

まじめというのは、決して褒めるべきことではなく、本来はむしろ軽蔑すべきことである。

この世界における自分の行動の影響力を、過大評価しておるのであります。

つまんないヤツに限って、じぶんの行動を、過大評価するものであります。

ほんとうは、おまえが何やったって、世界はたいして何も変わらんのにね。

人の視線を気にしすぎるのも、傲慢のあかしです。

人はそんなに、じぶんのことは見てないし、気にもしてません。

なぜならば、みんなそんなに、ヒマじゃないから。

なのに人の視線が気になるというのは、はっきりいって、傲慢であります。

じぶんを芸能人かアイドルとか王様とかと、勘違いしているのではないか。

人は、人のことに、それほど関心は持ってないし、持ったとしても、すぐ忘れる。

そんなもののために、神経をすり減らすなど、まったくもって非経済的であります。

 

じぶんのちからは、大したことはないし、

ひとはわたしを、そんなに見てないし、

この世に一大事なんか、ひとっつもない。

死すらも、日常のヒトコマである。

 

と考えたら、腹筋が、ダルンダルンにゆるむよね。

 

 

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