ボーズ頭にして、気づいたことがあります。
朝、朝食を作ったり洗濯物をしたり食器を洗ったりしていると自律神経の調子がおかしくなり、あたまに血が登ってワーーーっとなるときがあります。
そのときに、ふとなんとなく刈りたてのアタマの後頭部に手をやって、おどろきました。
「熱っ!」
後頭部と首の付け根あたりが、かなり熱を持っていたのです。
そういえば、自律神経がおかしくなるときには、わりと共通点があるな、と思いました。
・調理
・食器洗い
・洗濯ものを干す
・パソコンでコーディング中(デザインワークではならない)
・ネットで探しもの
・座卓でごはんを食べる
などなど。
つまり前のめりになり、首のうしろに負荷がかかっているときなのかもしれません。
洗濯物を干すのに、なぜそうなるんだ? なのですが、じつはうちの物干し場はベランダにあり、中途半端な位置なので、家の中からだいぶ前のめりになって干さないといけません。
かなりの前傾姿勢になる必要があるんですね。
ぎゃくに前傾姿勢になっていないときは、あまりおかしくならないのです。
たとえばこのブログを書いているときは、それほど深く考えず、思ったことをダラダラ書いているだけなので、あまり前のめりになっていないんですね。
しかし仕事のコーディング中は、かなり考えます。画面を凝視して、分岐とかややこしいことを考えながら仕事します。
考えながら仕事すると、どうしても前のめりになっていくんですよね。
しかしデザインワーク中は、それほど前のめりにはなりません。
考える、というよりは、「いま作ってみたデザインを眺めてみる」ことが多いからかもしれないです。
作業に没頭するよりも、引いて眺めることが多いのですね。
もっとも具合がいいのが、じつは坐禅中なのです。
ぼくは坐禅をするとき、ド素人なので「姿勢」にバッキバキに集中しています。
耳と肩、鼻とおへそが一直線になるようにして、アゴを引き、脳天を天井につける感じで、肩を後ろに引く。全体の重心線を鉛直方向に伸びる一本の棒のようにするよう心がけています。
この状態だと、首のうしろにはほとんど負荷がかかっていないのですね。
前傾姿勢。
これがぼくの「わるいくせ」なのかもしれないな、と思いました。
まあ、デスクワークで集中すれば、だれだって前のめりにはなります。
ただぼくのばあいは、その時間がちょっと長すぎるのかもしれないですね。
前傾というのは「動」の姿勢なんですよね。
いままさに動き出そうとする姿勢、動くための準備姿勢、動いている最中の姿勢。
そんな姿勢を年がら年中とっていたら、そりゃあこころも落ち着きがなくなるのかもしれません。
心当たりがあるのが、学校や部活で習った姿勢の話です。
「運動をするときには、前傾姿勢でなければならない」
ええ、なにも間違ってはないですよね。
しかし「強くなりたい」という欲が強かったぼくは、部活中だけではなく、常日頃から前傾姿勢をとるクセをつけていったのです。
また当時は「拇指球信仰」のようなものもあり、常に足の親指の付け根に重心を置けという指導もありました。
最近では、重心の位置としていちばんいいのは拇指球などのつま先方面ではなく、くるぶし直下のすこし前あたり、と言われてきているようです。ぼくの中学生時代の話からすると、ずいぶん後ろですね。
くるぶしの真下あたりが、立ったときの重心の位置なんだそうです。
重心がつま先のほうにあると、動作は早くなるが落ち着きを失う。
ぎゃくにカカトのほうにあると、動作は鈍重になるが安定性が増す。
そんな話もあります。
つねに前へ、前へというカラダのカタチを続けていたせいで、ココロもそんなふうになっていってしまったのかもしれないですね。
つねになにかをしていないと落ち着かない、先のことを考えていないと気がすまない、じっとしていられない、なんか焦る、急いでしまう。
一般には、これを「性格」などというジャンボリーなコトバでざくっとまとめてしまうけど、ほんとはそうじゃないかもしれませんね。
ただたんに、重心の問題だったりして。
もしかすると、首のうしろあたりに「動作準備センター」みたいなのがあるのかもしれないです。
重心が前に寄ると、首の後には負荷がかかって、筋緊張が必ず起こります。
そうすると全身が「いまから動くぞ!」という司令だと認識し、全身がその準備にとりかかるのかもしれません。
即座に俊敏な動作に移行できるよう、血圧を上げたり、筋緊張を起こしやすくしたり、血管を収縮させたり、発熱したり、呼吸を増やしたりする。
長年首のうしろに負荷がかかるような姿勢をつづけていると、カラダに対してつねに「動く直前ですよ」というコマンドを送っていることになり、それで自律神経がおかしくなっていくんじゃないでしょうか。
「動く直前ですよ、ほら、もう、いますぐ動くからね」というコマンドを送っているのに、じっさいには全然ちーっとも動かない。
そうしたらカラダ方面も「あれえ? 動かないの? え、なんでなんで、どーしたらいいの?」ってなって、パニックになるんじゃないでしょうか。
動きもしねえくせに、首のうしろに負荷かけてんじゃねえよなあ。
動かないときは、首のうしろは、ゆるめておく。
あんがい、そんなことが「安心」の秘訣だったりしてね。
坐禅はそういう意味でも、いいトレーニングになります。
首のうしろに負荷がかかっていなくて、背中がまっすぐなのが「いい座相」なんだそうです。
姿勢って、ホントにマジで、大切かもしれないですね。
全身の各部は「コマンドボタン」なのかもしれないです。
姿勢がわるいということは、必要のないときにもボタンをバンバンぶっ叩いてるようなもの。
そら、壊れるわなあ。
ええ加減にせえ。