のどと、ストレス

小学校の、低学年の頃ぐらいですかね。

咳がとまらなくなって、病院に行きました。

すると先生は、意外なことを言うのでした。

「どこにも問題は、ありませんよ。」

 

ストレス性の咳だったそうです。

人間というのは抑圧的なストレスがかかると、のどや胸に違和感を感じて、咳をするようになるんだそうです。

「言いたいことを、言えない」

ことばを「発する」という行為への抑制が、のどや胸の違和感としてあらわれるんだそうです。

 

さて、当時ぼくは、そんなに抑圧されていたのだろうか?

 

まあ母親はとてもしつけに厳しいタイプだったので、それがストレスだったのかなと思わなくもないですが、たぶんそれが主原因ではないと思います。

たしかによく怒られてはいましたが愛を感じないということではなく、またぼくの性格上あまり反省をしないので、ストレスというほどのことはなかったと思います。

ぼくじしんのストレスではなく、母親のストレスだったんじゃないかな、と思います。

小さな子どもは、自分自身のストレスだけでなく、両親のストレスもわりとダイレクトに受け止めるところがあるのだそうです。

 

母は九州のど田舎出身ですが、いろいろあって神戸に出てきました。

母の故郷に比べたら、神戸なんて渋谷とか新宿に匹敵するほどの大都会だったでしょう。

景観だけでなく、価値観などもまるでちがうのです。

そして母は、警察官と結婚しました。

警察というのは、今はどうなのかわかりませんが、わりと「クソみたいな」文化があるんだそうです。

警察は一種の軍隊だから、階級というのがとても厳しいです。上下関係が厳しい。

ぼくは、このことじたいは全然理解できますし、むしろそうあるべきだと思います。

クソなのは、この文化そのものではありません。

「旦那が偉いと、嫁まで偉そうにする」

というのがあるそうです。

 

旦那さんの階級が高いのは、ご本人の努力の賜物でもあるし、また警察という厳密な組織においては、ある程度「えらそうにしないといけない」というのは、あると思います。

実るほどコウベを垂れる稲穂かな、みたいな甘っちょろいことをやっていては、まったく統制がとれなくなる可能性があります。

警察は一刻一秒を争う事態やいのちがかかっている事態もけっこう多いでしょうから、「命令」というのは絶対的でなくてはいけません。

多数決にしようとか、みんなでなかよくとか、そんなお花畑のことを言っていたのでは、全員死んでしまう可能性だってある。

だから警察官の本人がある程度偉そうな態度をとることはいわば必要悪みたいなところもあるから、一概に問題とはいえないと思います。

 

しかしその「ヨメ」が偉そうにするのは、これは絶対にちがいます。

たしかに奥さんの支えがあってこそ旦那さんは出世したのですから、それを自負することはなんら問題ないと思います。

しかし、偉そうにするのは、ちがう。

警察という組織に属しているのは旦那どうしなわけで、そこに雇用関係のないヨメはんが入ってきて、えらそうに命令を下そうとするのは、あたまおかしいです。

むしろ旦那を支える気持ちがあるのであれば、同僚や部下の奥さんとは仲良く平等に接するべきです。

それでこそ「和のなかの緊張」ということが実現されます。

 

ぼくの母親はまたわるいことに、県警宿舎の管理人も任されていたのです。

毎日毎日、自分が偉いわけでもなんでもない女どもから、まるで奴隷のようにこき使われていたのだそうです。

たまに母が泣いている姿や、親父と大喧嘩しているのをよく見ました。

そういう景色を日常的に見ていたからこそ、ぼくは警察を志願せず上下関係のない商売の世界を目指したところがあります。

クソ田舎から出てきて都会の右左もよくわからない女が、なんの実力も人徳もない同年代の女からまるでゴミのように扱われることは、さぞかし屈辱的であり、ストレスフルだったと思います。

また具合のわるいことで、母の実家は地元ではけっこうな名主であり、家系を遡ると先祖はまあまあ有名な武将だったそうなのです。

もともとプライドも高く気性も荒く鷹揚な家系ゆえに、そのストレスは計り知れないものがあったろうと思います。

母親のストレスは、鏡のように、子に映る。

これは昔から言われていることでもありますし、実際に正しいことなんだろうと思います。

 

さてでは、さいきんのぼくは、なんなんだろう。

もうしっかり大人のオッサンになっているのに、胸が息苦しいことがよくあります。

大人になってからの息苦しさは、精神的なもののばあい、それはもはや「自分自身」に原因があると思われます。

 

パニック障害になって外出恐怖になっていらい、ぼくはあまり外出をしなくなりました。

したくても、怖くでできないときがあるのです。

最近、ぼくじしんのストレスは単純にこの「外出をしていない」ということなのではないか、と気付きはじめました。

ずっと、自分自身のストレスの原因が不明だったのです。

仕事にも、人間関係にも、家族にも、運にも、からだの健康にもけっこう恵まれており、とくにこれといった不安や恐怖などはないというのに、ストレス性の症状がよく出るのです。

環境が良いぶん、逆にまったく複雑になってしまっていたのです。

 

そんなに、ややこしい話ではなかった。

そもそもぼくは机にしがみつくタイプの人間ではなく、あちこち浮浪しておきたいタイプです。

一箇所にとどまることをあまり好みません。

でも外出恐怖になっていらい、ぼくは「我が家」に固着せざるを得なくなりました。

家がイヤなのではないのです。

ただ単純に、家よりも、外のほうが、好き。

密閉された空間にいると息が苦しくなり、うすぐらい部屋だといらいらする。

風と光がなければ、落ち着かない。

これはなにも最近に始まったことではなく、子供の頃からそうでした。

ぼくが家を出てしまったら、もういつ帰ってくるかわからないとさえ言われていました。

最近のぼくは、ぼく自身を抑え込んでいる。

 

今年の春ごろからずっと続いているこの胸の違和感は、ハウスダストの影響や、エアコンのカビの影響も当然あると思いますが、そのウラには精神的なものもガッツリ横たわっている気がします。

直因はアレルギーでも、アレルギーになっている原因こそが、抑圧性のストレスかもしれません。

「拒否したい」感情が、異物への過剰な抵抗反応として出ているのかもしれないです。

掃除をすると異様なまでにスッキリするのは、異物を排除したということが代償行為になって溜飲が下がっているのかもしれません。

さて、でも、どうしたものか。

 

結局、自分自身から開放されないといけないのだと思います。

こころのなかで、外出ということと、恐怖ということが、結合してしまっている。

外出をすると発作が出るかもしれないという予測が、固着してしまっている。

発作が出たとしても死ぬことは絶対にないと知っていても、あの苦しみを無視できない。

情報結合がゆるくなって、事象と事象を容易に結びつけてしまうから、恐怖の感覚が起きる。

ほんとうは、事象と事象はすべてつなががっていて、また同時に完全に、独立している。

なのに「つながっている」側面しか見ることができず、その世界から出られない。

 

あたまで考えても、もう無理だな。

考え方を変えようとか、思考のヒントとか、治すための知識や方法を学ぶとか、もう、そういうことではない。

ただ、坐ろうと思います。

結果が出るか、出ないか、治るか、治らないか、そういう「知の領域」からいったん離れて、無心に坐ろうと思います。

悟るためには、悟りを目指すな、といいます。

おなじように、治すためには、治すことを目指さないほうが良いのかもしれません。

 

だれかのせいで、ぼくは抑圧されているのではありませんでした。

ぼく自身が、ぼくを抑圧していたのです。

だからこそ、「ぼくのちから」は、弱めなくてはいけませんね。

そうしないと、自分自身の抑え込みから、永久に逃がれられない。

 

 

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