おじさんの「将来の夢」

将来の夢というのは通常青少年が持つものであるが、おじさんが持ってはならないのであろうか。

おじさんが将来の夢を持つことは法律で禁じられている、という話はあまり聞いたことがないから、おそらく犯罪ではないのであろう。

だが、なんとなく後ろめたいような、恥ずかしいような気がしないでもない。

 

だからというわけではないが、51歳のいま、ぼくにはとくに将来の夢はない。

娘は今年の3月からは社会人になり、そのうち結婚して縁遠くなるだろう。

今は健在だが、いずれ両親は亡くなるだろう。

そうなったとき、ぼくは離婚して独り身だから完全に孤独となる。

近所に親戚もいないから、この一軒家で一人寂しく生きていくことになるのであろう。

 

なんだかどうもイメージが沸かない。

そうなったら毎日なにを考え、なにを思いながら、なにをして生きていくのであろうか。

前方に広大なからっぽの空間が広がっている感じがする。

怖いということはないし、寂しいとも思わない。

かといって、むろん楽しみということもなく、よくわからないが、あまり良いイメージではない。

 

目標の喪失、ということを最近よく感じる。

仕事は今のところそこそこうまく行っていて、すくなくとも生きていくために日々戦々恐々としているわけではない。

しかし何らかの長期的な目標を持って生きているわけではなく、日々目の前の仕事を処理していっているだけである。

強いて言えば仕事が趣味のようなところはあるのだが、仕事がほんとうに趣味なのだとも言い切れない。

老後は趣味で生きていく、みたいなビジョンをたまに聞くのだが、ぼくの場合はそれは難しい。

登山はもしかしたら趣味なのかもしれないが、老後のすべての日々を登山で埋めても良いと思えるほどは好きではない。

すこし好きなだけである。

死ぬまでハマれる趣味のようなものはとくにない。

ぼくは、いまも、未来も、空虚である。

 

……みたいなことは50歳前後の男性はよく考えることのようである。

2回めの思春期というか、なんともいえぬ広漠とした空虚感を感じるのである。

ある意味、適正に成長してきたともいえるのかもしれない。

 

将来の夢はないと書いたが、じつはひとつだけ、希望のようなものはある。

けっこう若いころから持っていた希望である。

「田舎で古民家に暮らして農業をやりたい」

なぜやらなかったのかというと、反対されたからである。

周囲の友人や先輩、彼女などに告白すれば、ありとあらゆる方面から反対された。

いわく、都会生まれのおまえのような軟弱ものに、田舎暮らしが我慢できるわけない。

いわく、おまえのような現代っ子に、自然と格闘する日々が送れるわけない。

いわく、農業の経験も知識も皆無なのに、農家ができるわけない。

いわく、今まで長年仕事で培ってきた広告やマーケティング、デザイン、プログラミングなどのホワイトカラー系の知識やスキル、人脈を活かせない業種へ転向するのは勿体ない。

いわく、わたし、ムシ、きらーい。

いちいち、納得である。

なにひとつ、反論ができない。

したがって、ぼくは諦めた。

諦めたというよりも、納得した、といったほうが良いかもしれないが。

 

50年生きてきて、得心したことがある。

「仕事は経験ではなく『血』が重要」

ということである。

農業に転向することについて、当時反対意見を唱える人々の多くははぼくの「経験のなさ」を理由に挙げていた。

しかし、仕事をするにあたって重要なのは経験だけではなかった。

「血」ということが、案外重要だったのである。

ぼくは大学は文系でパソコンのプログラミングは習ったことはないし、とくに幼少期にコンピューターに触れたこともなく、ゲームすらまともに触ったことがなかった。

でも、やろうと思うとなぜかできてしまう。経験はないのに、多少できてしまうのである。結局、いまはそれでメシを食っている。

これはおそらく「血」なのだろうと思う。

ぼくの父方の親戚には、コンピューターではないが技術系に携わるひとが多く、ぼくの父は一級建築士である。

先祖を遡ると「鍛冶師」に行き着くのだそうである。

理系のなにかが、遺伝子にあるのだと思う。

ぼくの娘も、結局はコンピューター技術系の仕事につくことになった。

 

いっぽう、母方のほうは巨大な農家である。

古くから武士の家系だったが、明治維新以降に完全に農家に転向したようである。

母は物心ついたときから農作業に従事していて、完全なる農家の娘である。

意外なのは、ぼくの周囲の「農業に関係のない人たち」は、ぼくの経験のなさを理由に反対したのに、母はとくに反対しなかったことである。

あんたがやりたのなら、やれば? ぐらいの軽いノリであった。

強くすすめはしないが、止めはしない、というスタンスである。

中学時代に柔道をするといったときには死にものぐるいで止めようとしたくせに、農家への転身については止めないのであった。

ぼくのなかには「農」の血も流れているように思う。

というのも、これも「なぜかできてしまう」からである。

土を耕す、植える、育てるなどという仕事について、とくに何も調べなくてもあるていどわかってしまう。

それに全く苦痛だとも面倒だとも思わず、なぜか腰痛にもならず、むしろ元気になるぐらいである。

ミミズやムシやヘビやカエルなどといった生物に愛着を感じ、カワイイとさえ思う。

土を汚いとかも、まったく感じない。

農業の経験など一切ないのに、ピンとくることが多いのである。

これも遺伝子によるものなのかもしれない。

ちなみに、ぼくは何も勧めてはいないのに、娘はかってに「農学部」に進学し、かってにIT技術系の仕事に進んだ。

 

「血」による何かを感じざるを得ない。

実際のところ、子どもは真っ白なキャンバスのようなもので経験によって知識が身につき才能が芽生える……というのはかなり古い心理学の考え方で「タブラ・ラサ」と呼ばれる。

近年はこの考え方は否定されつつあり、人間は生まれたときにすでに何らかの素養を持っているのではないか、というのが近年の心理学なのだそうである。

だからぼくはべつに、周囲の人に止められたからといって納得しなくても良かったのではないか、と思ったりもする。

「農の血」が流れている可能性は高いのだから、なんとなく農業を近い存在に感じ、なんとなくその方向に進みたいのであれば、進んでも良かったのではないか。

 

そしてぼくは、痛いほど知っているのである。

農業というのはナメてかかっては絶対に無理である、ということを。

ヨガをやっていると、無農薬野菜や田舎暮らしに憧れてそっちに行ってしまう人をよく見かける。

しかし十中八九、失敗して都会に戻ってくる。

あたりまえである。

憧れなんぞでできるような仕事ではない。

相手は誤魔化しの効かない自然なのであって、人間は結局自然の奴隷であることを思い知るであろう。

自然はなんにも優しくない。

自然は優しい、癒しであるというのは、テレビがでっちあげた妄想である。

正確には「自然には優しい側面もある」「癒やされる場合もある」ということだけのことであって、ナマの自然はヒグマのように獰猛である。

だから、農薬が必要なのである。

無農薬なんかで畑をやったらムシがたくさん寄ってきて、近所の農家に迷惑をかけてしまう。大クレームである。

農家は趣味でやっているのではなく、食うためにやっているのだから、業務妨害をするなどもってのほかである。

また、農村部の田舎のひとたちは純朴で温かいというのはテレビが作った妄想である。

田舎者は愛想が良いだけでじつは心が狭く、独善的で、排他的で、臆病で、人間不信で、プライドが高く、一元的で頭が固い人のほうが圧倒的に多い。

価値観が合わないと一瞬で心のシャッターを閉じてしまうことも多い。

ぼくの両親がド田舎の出身なので、身にしみて知っている。田舎者には、てんでいけすかない連中が多いのである。

むしろ都会のひとのほうが多様性に慣れていて寛容で、人への愛も豊富で、やさしいことが多いのである。人が多いぶん、人に慣れていて、懐が深い。

寛容な都会に住みながら「都会は不寛容だ」などと感じるような人は、田舎に行けばきっと地獄を見るであろう。

田舎の不寛容の闇から逃げたくて都会に逃げる人は、多いのだ。

田舎が過疎になるのは不便だからではなく「不寛容の地獄」だからという場合もあるということは知っておかないと、テレビや出版社に騙されることになる。

 

ぼくはナメくさった気持ちで農家をやりたいと考えていたわけではない。

覚悟が定まったのなら、やってもいいのかもしれないな、と最近は思う。

不寛容な世界を許容できると確信できたとき、具体的な行動に移すことにしよう。

 

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