世の中には、いろんなモノや考え方があるんだなあと感心した。
最近知人がハマっているものに「ヒーリー」というものがあるらしい。
これは「量子波動調整器」というもので、つまり量子を使って人のオーラなどを分析し、波動を調整することによって健康をサポートする、というのである。
もともとは「タイムウェーバー」という機械でそれは500万円以上するものらしいが、このヒーリーという機械はそのエントリーモデルで5万円程度で購入ができるそうである。
ぼくは耳を疑ったものである。
まず量子を用いて人の波動を計測する、というところがよくわからない。
そもそも量子というものをたかが数百万円程度の機械で計測できるというのがノーベル賞ものであって、そんなハイパーな技術がいまの時代に存在しているとすれば驚愕の事実である。
SERNなどの専門機関が国家予算級の資金を使い世界中の有能な物理学者を集めてやっていることは、いったい何なのだろうか。
そして、計測だけでなく量子を「利用する」のである。
Googleなどが数億円を投じてやっと量子コンピューターの基本構造を構築できたという現代において、ほんの数百万円、エントリーモデルで5万円の機械でそんな芸当ができるのだろうか。
量子というのは非常に難しい領域で、シュレディンガー方程式というものでさえ完全に理解している人は少ないという。
かのアインシュタインでさえ、量子の不可解な動きについては「よくわからない」と言っているのである。
そのような代物を一般の人間が健康目的で利用できるというのは、ちょっと何を言っているのかよくわからないと思うのである。
じっさい、このヒーリーという機械については「このデバイスの背景にある技術は量子物理学とは無関係である」というエビデンスもある。
また、この機械によって計測されたデータをクラウドのAIで解析し、スマホに入れたアプリで解説もしてくれるという。
ぼくはいちおうWeb界隈で仕事をしているので、ここにも引っかかる。
AIを使うにはそこそこのサーバーが必要で、とくに複雑なAIであればサーバーにグラフィックカードなども必要だと聞いたことがある。
そのようなサーバーは非常に高価なのだが、それは原価に含まれているのだろうか。
また、もし非力なサーバーであればAI解析もそんなに複雑なことはできないだろうから、「量子」のような難しいことは解析できないのではないかと想像するのである。
まあそもそもの話「オーラ」が何なのか、という話もある。
これは一般的には「生体磁場である」とすることが多いようだが、では「磁場」とは何なのか、ということも考えねばならない。
そして、もし仮にこの「ヒーリー」なる機械が本当に量子を利用しているとして、では量子がどのようなメカニズムで磁場を計測したり、あるいはどのようにして磁場に影響を与えられるかというメカニズムを提示する必要がある。
しかしいくら調べても、そのような解説が出てこない。
そしてそのアプリのインターフェイスを見ていると、オーラのほかに「バーストゥ」という項目も見える。
ヴァーストゥはインド医学の流派のひとつでもある。
ヴァーストゥには本来オーラや波動という考え方はないので、これはこの機械の制作者の独自解釈であろうと思われる。
「なぜ波動がヴァーストゥに影響するのか」あるいは「なぜ波動によって各個人のドーシャがわかるのか」という説明もなければならないのだが、そのへんの説明もない。
またこれも根本的なことであるが、「波動とはなにか」ということもしっかり語ってほしいものである。
「モノを極限まで分解していくと、波動でできている」「光は波動である」とは物理学でも言うのは確かなのだが、ではこの「波動」とは具体的にどういうことなのか。
この波動といいうのをたんなる「振動」のようなものと捉え、そこから突っ込んで考えようとしていない感じが見えてしまう。
調べていくとこの機械を作った人は「マーカス・シュミーケ」というドイツのひとで、物理学者ではなく「秘教家」のようである。
大学で物理学を専攻していたわけでもない。
https://de.wikipedia.org/wiki/Marcus_Schmieke
著書を見ると「マントラ」とか「バーストゥ」など題名もあり、内容も物理学っぽい用語を使っているものは結局スピリチュアルのようである。
まず科学的見地としてはこの機械はまったくもって荒唐無稽であるといえる。完全なるうそっぱちである。
ぼくの予想であるが、これがもしもう少し広まったならそのうち訴訟が起きて販売停止になるだろう。
「ヒーリー被害者の会」みたいなのが設立されるのも時間の問題かもしれない。
これを購入している人のブログも読んでみたが、これを信じている人は結局現代の科学に対して懐疑的のようである。
そのように現代の科学に対して懐疑的な姿勢を持つことじたいは「科学的」であるので、それは良いのだろうと思う。
しかし科学的姿勢を持っているのに、明らかに科学的な手法によって否定されている物事を信じるというのは、まったく科学的ではない。
つまりこれを信じているひとは、総合的には「感情的」であるといえる。
科学万能という考えに否定的な考え方をしていて、ではなぜ科学がダメなのかということについては根気が良く再現性の高い証拠を提示することはしないし、反証を認めない。
そんなことでは、ちょっと申し訳ないがこれを信じろというほうが無理難題だといえる。
さて、しかしまあ、ぼくはこの機械について否定はしない。
これは宗教の一種である。
そもそもスピリチュアルというものが宗教で、そういうものが「現存する」ということに重大なる意味がある。
すなわち、人々はまだ幸福ではないのである。
「救い」を求めているのである。
なかには科学的エビデンスがないものは信じられない、というような自称「科学万能主義者」な人もいるが、ぼくにとってはそのような人もスピリチュアルに傾注するひとと「位相的に」同じだと感じる。
喧嘩両成敗ともいうが、このヒーリーという機械を非科学的だといい、これを信じるひとをバカ呼ばわりするひとは、そういう人たちと似たような位相にいるのだと思う。
位相がズレてしまえば、反論しようという気さえ起きないはずである。
このような、明らかに荒唐無稽なものに関心を示したり、実際に信じてしまうひとは「悩める人」なのだろうと思う。
ワラにもすがる気分なのかもしれないし、「いま」に対して何らかの強い葛藤を持っているのかもしれない。
だから、これを信奉する人のことをバカにしたり、蔑んだりするのは愛が足りないのかもしれない。
しかし、もしこれをぼくの娘が買ってきたら激怒するけどね。
おまえはアホかといって号泣するまで論理的にぶちのめすであろう。
まあ、娘はこんなものには関心は示さないだろうが。
ほんとうに可愛いものには、そのようなヘンな方向には向かってほしくない。
だからぼくにはまだ愛が足りないのかもしれない。
これを信じている人に対しては「ああそうですか」とスルーするから。
これはつまり無関心であるということである。
はっきり言うが、このようなものを信じる人は、犯罪でない限りは好きにすれば良いと思う。
しかしこの機械にはすこしだけ「詐欺という犯罪の香り」を感じてしまうのは、ぼくだけなのだろうか。
もしこれを新規に買おうとか思う人がいるのなら、やめておいたほうが良いと思う。
こんなことをするより、散歩するほうが圧倒的に効果が高い。