ああ、恋がしたい。

ああ、恋がしたい。

と、唐突に思った。

 

外出恐怖と自律神経失調症が原因でここ数年は新型コロナとはまったく関係なく自主的自粛生活を送っていたが、最近はかつての趣味のひとつであった山登りも徐々に復活していたりして、元気を取り戻している風情がある。

仕事と掃除と座禅だけに明け暮れる日々も決して悪くはないのだが、あまりカラフルとはいえない。

そのようなことを思うようになったのは、やはり心身の調子はだいぶよくなっているのかもしれない。

 

と、言いたいところであるが、じつはそんなに高尚なことではない。

娘に面白いよといって勧められた「かぐや様は告らせたい」というラブコメアニメを観て、ああ、おれも恋したいなあ、と思ってしまったのであった。

わしゃあ、50にもなって、なにをやっとるんじゃ?

 

まあ、いい。

よか。

何を観て、何を想おうが、それはワシの勝手であるからな。

それにぼくはバツイチだから、倫理的な問題もないのである。

 

そんなことよりも「ああ、恋がしたい」などと思った自分自身のこころの状態をあらためて観察してみて、ぼくはわりと、おどろいた。

忽然と、つよい疑問を抱いたのである。

 

「恋って、どうやるんだっけ?」

あれ?

 

ああ。

ああ。

ああ、もう、そんなことを、思うだなんて、マジでオシマイであるなあ!

 

いやほんと、ちょっとマジで、恋する気持ちって、どんなだったっけ。

だれかを「好き」だなんて、ここ10年以上、思ったこともないなあ。

まあ、「きらい」だと思ったこともないんだけれども。

そういえば、その人のことを想像するだけでもドキドキしたりするんだったような気がする。

しかし50歳でドキドキしていたら、それはただの「動悸」なのではないか?

更年期障害なのではないだろうか?

どうなんだろう、よく50歳前後のひとでも不倫をしたり恋をしたりすることがあると聞くけれど、ほんとうにドキドキしているのだろうか。

ドキドキしたりして、すわ心臓疾患ではないかと不安になったりはしないのであろうか。

もしそうなら、鉄のメンタルであるなあ。

それとも、ただの動悸と恋のドキドキには、なにか違いがあるのだろうか。

ぼくは自律神経失調症だったから、理由は何であれ、動悸なんかもうまっぴらこめんである。

いやだ。怖いよ。

 

「もう恋なんてしない」っていうのは、若干の悲劇性もあって、すこしだけカッコイイ。

だけど「動悸がイヤだから、恋なんてもうしません」ていうのは、全然カワイくない。

もはやカッコイイとかワルイとかの領域ではなく「位相がズレている」感じがある。

次元が、ちがうんだよなあ。

 

で、わがこころをもっと仔細に観察してみると、さらに驚くべき事実を発見する。

「恋はしたいが、セックスがしたいわけではない」

は?

恋なんてセックスのおまけだろうが、みたいなことを考えていたぼくのような下賤な男から、そのようなしおらしい、まるで少女のような心情が芽生えるのは、すこし状態がおかしいのではないか。

病気なのではないか。

ぼくは、混乱する。

この気持ちは、いったい、どういうことなのであろうか。

 

で、やっと思い出したのである。

恋というものは、したいと思ってすることではなかったな、と。

恋には「落ちる」ものであったなあ。

恋とは計画ではなく、事故である。

ということは、「恋がしたい」というこの気持ちは、ただの「あこがれ」なのかもしれない。

恋するひとたちに対して、うらやましいと思っているだけなのではないか……。

 

50歳とかでも恋愛をしている人はけっこういるそうであるが、ぼくにとってはそれはもはや都市伝説の一種である。

うそつけ、と思う。

いまさら知らん女に気を使ったり頭使ったりしてゴチャゴチャするのって、メンドクセエだろうが。

そんなしょうもないことより、まだ小麦粉からパン作るほうが楽しくね? とさえ思う。

思うが、「ああ、恋がしたい!」とも思うのもまた事実であり、メンドクセエのも本心である。

 

こういうときに、読むべき本なのかもしれない。

面倒だから、しよう。(渡辺和子)

 

……ちがうな。

恋なんて面倒だと思うからこそ、恋なさい。

なんて、あの厳格なカトリックの修道女さんがいうわけ、ないものなあ。

 

そして唐突に、ぼくはとうとう、頓悟したのであった。

「恋には相手が必要だ」

家で仕事と座禅と掃除ばっかりしていたら、恋なんてできるわけがねーだろ。

相手がいねんだから。

外に、出なさい!

そしてだれかに、恋を、教えてもらおう。

 

そしてもうひとつ、悟った。

春になったのである。

 

 

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